2012 Fiscal Year Research-status Report
歯の成長線解析と同位体分析に基づく束柱類の季節周期精度での生活史の復元
Project/Area Number |
24540502
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | National Museum of Nature and Science, Tokyo |
Principal Investigator |
甲能 直樹 独立行政法人国立科学博物館, 地学研究部, 研究主幹 (20250136)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 古生態学 / 歯学 / 安定同位体 / 微量元素 / 束柱類 / 生活史 |
Research Abstract |
本研究は,目のレベルで絶滅してしまった海生哺乳類の束柱類(デスモスチルスやパレオパラドキシアの仲間)について,歯のエナメル質に残された体内生理の周期的変動の刻印である成長線を指標として,μ単位の間隔で分析用試料を連続的に採取し,炭素・酸素および微量元素(ストロンチウム)の安定同位体分析に基づいて,この仲間の生活史を年周期よりも小さな周期(季節周期)の精度で明らかにすることを目的としている. 初年度は,国立科学博物館に所蔵されている約420点のデスモスチルスの歯牙標本の中から歯冠長が3cmを超える臼歯を選定して,国立科学博物館に設置されている精密低速切断装置(アイソメット)を用いて歯の成長線に並行した切断面を作成し,歯の微細構造中に残された成長線の周期性の単位を検討した.成長線の解析にあたっては,国立科学博物館に設置されている走査型共焦点レーザー顕微鏡(VK-8510)を用いて,歯の表面に観察されるレッチウスの線条と歯冠断面の成長線の対応関係を直接観察し,各標本の微細組織の中に見られる成長線を確認しながら,1標本あたり6~22ポイント(12mm~40mm)から微少試料を採取して,炭素と酸素同位体の連続的な変動の有無を検索した. その結果,デスモスチルスの臼歯において,炭素と酸素の同位体比がお互いに同期して一定の周期で変動する傾向が確認された.この傾向は,日本産とカリフォルニア産の臼歯で同様に観察されたことから,周期的変動は地理的(生息地の相違的)な要因によるものではなく,デスモスチルスに特有な生理あるいは生態の周期的変化に起因するものである可能性が高いことが明らかとなった.現時点では,まだ同位体比の周期的な変動を具体的な古生態に結びつけて解釈することまではできないが,少なくともデスモスチルスが周期的な変化を伴う生活史を持った動物であったことを明らかにすることができた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
束柱目のデスモスチルスは,前期~中期中新世(およそ2000-1300万年前)の北太平洋沿岸域の海成層からしか産出が知られておらず,目のレベルで絶滅してしまった海生哺乳類である.この仲間は,その臼歯が極めて特異な咬柱状の高冠歯をなしていることから,19世紀にその存在が知られて以降,この特異な形態の歯がどのような食性に適応したものなのか120以上年にもわたって論争になってきた.本研究においては,そうした論争に終止符を打つべく,体内に取り込まれた酸素と炭素および微量元素の同位体比を指標として,この動物の食性や生息地を明らかにすることを目的としている.このため,分析にあたって貴重な標本を少なからず破壊しなければならない事について,試料の採取法の確立が重要であった. 脊椎動物の歯は生体組織の中で最も硬く,96%が無機質からなる安定した硬組織であることから,地層中での化石化過程における変成をほとんど受けない.このことから,分析的研究には歯が最適な試料であることは自明であるが,古脊椎動物学ではこれまで歯が最も重視されてきたことから,試料の採取にあたって標本の破壊を極力避ける対策が必要とされていた.幸い,束柱類は歯の標本点数が比較的多く,柱状歯であることで一つ一つの咬柱を分離させやすい.この特質を利用して,本研究においては咬柱を安全に分離する手法を整備し,歯の内側面を試料採取に用いることで貴重な標本を外見上「非破壊」で連続的にサンプリングして長期間の生体情報を得る方法を確立した. その結果,分析化学的研究において最も問題となる標本試料の破壊が最小限に抑えられるようになり,標本の形態情報が失われる懸念も充分に小さくすることができた.このことにより,貴重な標本から連続的な微少試料(1標本から最多で22サンプリング)を数多く得ることができたことから,研究をおおむね順調に進展させるに至っている.
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の微少試料採取法の確立により,当初の計画をほぼ順調に進展させることができたので,次年度も国立科学博物館に所蔵されている標本の中から初年度に保留した残りの歯の標本について分析用標本資料の調整を行なうと共に,初年度と同様に臼歯の成長軸に平行な断面から成長線を読み取り,それぞれの歯について安定同位体分析用試料のサンプリングポイントを設定して,それぞれの標本資料から微少試料の採取を行なう.分析にあたっては,初年度と同様に安定同位体質量分析装置MAT253を用いて,酸素と炭素の安定同位体比を測定する.また,次年度は表面電離型質量分析装置Tritonも用いて,微量元素であるストロンチウムの安定同位体比を測定する.測定にあたっては,それぞれ1mm以下の間隔で採取した試料を用いて行なうことを計画している.さらに,次年度は酸素と炭素及びストロンチウムの安定同位体比に加えて,国立科学博物館に設置されているレーザー照射型誘導結合プラズマ質量分析装置LA-ICPMSを用いて,50μ以下の間隔でカルシウムに対するストロンチウムの重量比を連続的に測定し,炭素と酸素の安定同位体とは異なる指標での周期的行動のシグナル抽出を試みることを計画している.そして,これらの分析によって得られた結果が統計学的に扱えるだけの試料点数になるよう,国内(北海道)および国外(カリフォルニア)の標本資料の充実に努め,分析に利用可能な標本については承諾の上で微少試料の採取を追加して行なって,分析結果の精度をより高いものにしていくことを計画している.
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
初年度と同様に,分析に際して必要な安定同位体の標準試料;同位体分析に使用するバイアル,テフロンビーカー,石英綿,マイクロピペットなどの器具類;硝酸,エタノール,ストロンチウム樹脂,ポリエステルレジンなどの薬品類;マイクロピペットのチップ,試料採取用グラインダーのチップなどの消耗品類等の購入を予定している. 代表者と協力者間で,現時点および今後の分析用標本資料の基礎情報,分析用試料の詳細情報,個々に分担した試料分析のデータ処理,個々の分析結果の保存と可視化,分析結果に基づいた相互討論の内容,学会発表資料,公表論文原稿等の一次データ等をインタラクティブに同期・共有するため,電子端末機器の購入を計画している. 次年度においては初年度に充分な分析試料を得られなかった国内産の標本資料を追加するため,北海道にて複数回の野外調査(標本採集)を計画している. 初年度と次年度における分析の結果に基づいて予察的な議論をまとめ,日本古生物学会(熊本)と米国古脊椎動物学会(ロスアンゼルス)にて講演を行ない,古脊椎動物学,古環境学,同位体分析化学などの分野を横断して,幅広い研究者間で意見交換を行なうことを計画している.
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Research Products
(2 results)