2012 Fiscal Year Research-status Report
分子光解離で生成した”もつれ”励起原子対からの蛍光放出促進機構の解明
Project/Area Number |
24550013
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
穂坂 綱一 東京工業大学, 理工学研究科, 助教 (00419855)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 量子もつれ / 水素分子 / 光解離 |
Research Abstract |
H2分子を30eVの真空紫外光子で光解離させると、磁気量子数の“もつれた”励起H原子対が生成する。この励起原子対からの2光子放出過程において、その放出角度相関と検出時間相関に顕著な圧力効果が見られ注目を集めていた。それらの圧力効果が“もつれ”の喪失で説明できるであろうという仮説のもと、両者の関係解明が本研究の当初の目的であった。 H24年度は検出器と同時計数系の更新を行い高効率でのデータ蓄積が可能になった。精度よく測定できるようになった結果、放出角度相関と検出時間相関が、想定外の宇宙線ミューオンに由来したバックグラウンドにより汚染されていることが明らかになった。時間構造を持たない偶然の同時計数や、信号の乗り移りによる偽の時間差ピークには十分に気を付けていたが、宇宙線ミューオンの同時計数測定に与える影響は知られていなかった。 2台のMCP(マイクロチャンネルプレート)を用いた光子検出器に加え、宇宙線に100%の感度を持つプラスチックシンチレータを真空チャンバー外に設置した3重同時計測実験を行い、バックグラウンドの原因が宇宙線ミューオンであることを特定した。その影響を無視できる実験条件で改めて、セル中の水素ガス圧力依存性を測定したところ、水素ガス圧力0.1mtorr~10mtorrの約100倍の圧力範囲において、放出角度相関と検出時間相関の圧力依存性は見られなかった。つまり当初、期待されていた励起H原子対との周囲の水素分子との反応による“もつれ”の変化は、この条件の範囲内では起こっていない。 この状況に対し、既定の方向性の延長として水素ガス圧力の範囲を更に広げ“もつれ”変化反応を探す探索路線と、圧力依存性とは別に、角度分布自体の理論予測との不一致解明という2つの観点から研究を進める。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初予定していた、検出器と同時計数系の更新による高効率でのデータ蓄積は達成できた。しかし、その結果として従来の実験結果の質に問題があることが発覚し、問題点の解決と質の良いデータの取得に1年間を費やした。 宇宙線ミューオンは1cm2あたり1分に1個、天頂角から見てcos2分布で飛来しているが、それが原子分子の同時計測実験において問題にされた報告例は無い。我々は真の同時計数が1時間に数発という非常に極限的な条件で実験をしたために、対象とするH2分子由来の同時計数率がミューオン由来の同時計数と同程度になっていた。このバックグラウンドが宇宙線ミューオンに由来したものであることを特定するために、宇宙線に100%の感度を持つプラスチックシンチレータを用いた。真空チェンバーの外にプラスチックシンチレータを配置し、2台のMCP(マイクロチャンネルプレート)とシンチレータが同軸上にある場合のみ3重同時計測が起こることから、チャンバー外からの飛来した粒子であることを特定した。 MCP(マイクロチャンネルプレート)の宇宙線ミューオンに対する感度は知られておらず、一般には非常に小さいと言われている。しかし、我々の測定では40%という比較的大きな値を得た。この値が一般に成り立つ値かは定かではないが、少なくとも我々の系でこれだけ観測されている宇宙線ミューオンの影響を排除するためには、水素分子由来の計数率が十分に大きい条件で実験を行う必要がある。今年度に更新した新しいMCPは表面にCsI(ヨウ化セシウム)が塗布されており、ミューオンの感度を変えずに水素由来の10eVの蛍光の感度のみを約10倍上げることができた。 こうして得た質の高いデータでは初期に期待していた圧力効果は見られず、方針の再検討に迫られた。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の目的は、”もつれた”励起原子対と水素分子の反応にあった。既に10mtorrまでの高圧で反応の影響が見られないことを確認しているが、更に水素ガス圧力を上げることで、何らかの反応が見えることが期待される。現在、真空ポンプの増強などで50mtorrまでの高圧を達成できることまでは確認しているが、これで十分とは限らない。ガスセルの前後の光路を金属薄膜フィルターで塞ぎ、真空槽へのガスの流出を抑制することで、更に5倍の250mtorrまでのガス導入を計画している。 周囲の分子との反応以外に、”もつれた”励起原子対から放出される光子対の放出角度分布が、従来の理論予測と一致しない点も興味を持たれている。光子対の放出角度分布が理論予測と一致しないということは、”もつれた”励起原子対の状態が理論予測と一致していないということである。我々は当初、この不一致を周囲の分子との衝突による”もつれ”の喪失に由来していると考えていたが、現在の圧力領域では圧力依存性が見えておらずこの仮説は棄却された。不一致の原因としては、理論で考慮されていない分子回転や非断熱遷移の影響が考えられる。 分子回転の影響が不一致の主因かどうかを確かめるためには、核スピンIが0のパラ水素を用い、回転量子数Jが偶数の状態のみを選別する。常温における通常の水素ではスピン多重度の効果によりJ=1が支配的であるが、パラ水素ではJ=0、及び2に限定され、Jの効果を検討することが出来る。 非断熱遷移が不一致の主因かどうかを確かめるためには、同位体である重水素分子を用いる。重水素分子のポテンシャルは水素とほぼ同じと考えられるが、非断熱遷移の確率は解離の速度で支配され、質量が2倍の重水素では非断熱遷移は起こりにくい。両者を比較することで非断熱遷移の効果を検討する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
研究費を効率的に利用したために未使用額が発生した。未使用額も次年度の計画の為に使用する。 本研究で重要な役割を持つ高感度の光子検出器はCsIが塗布されたMCPであり、その潮解性のため感度の劣化が早い。次年度においても、一対、2枚を更新する。 また、ガスセル内圧を上げるための金属薄膜フィルターも購入する。
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