2012 Fiscal Year Research-status Report
生殖の倫理をめぐる言説における「生命」及び「人格同一性」概念の分析
Project/Area Number |
24610009
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
加藤 秀一 明治学院大学, 社会学部, 教授 (00247149)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 人格 / 生命 / 個 / 全体 / 存在論 |
Research Abstract |
平成24年度は主に「人格の同一性」に関連する哲学的文献の中から、特に「非同一性問題」を主要テーマとして扱っているものを検討した。D.Heyd(1992)、M. Roberts(1998)、M. Roberts and D. Wasserman (eds.)(2009)等のまとまった著作をはじめ、多数の論文のサーベイを行なった。以下、重要な先行研究について述べる。 こうした上記作業の過程で、Olson(2007)による「人格の同一性」と「人格の存在論」との区別を受け、課題設定そのものを改めて見直したが、現時点では、人格について同一性なき存在論を立てることは無意味であると考えている。 Wilkes(1988)による、伝統的な哲学が人格の同一性を論じる際に駆使する思考実験という方法に対する批判、そして人々の「リアルな」人格同一性概念を記述するという方向性は本研究にとって非常に大きな示唆を与えた。その影響を受け、報告者は、哲学上の論争に拘泥するよりも市井の人々が「誰がいる(存在する)」と考えているのかを直接剔抉し記述する方法を確立することに傾注することになった。これは、かつてP.Winchがスケッチした「人々の形而上学」の記述作業(としての哲学/社会学)という方向性の延長上に位置づけられる作業であるため、Winchの仕事の豊かな可能性についても再検討することになった。 個別の論点としては、人格的存在者の存在における時制的構造(現在完了的に同定しうる個体的存在者とは異なり、単なる可能的存在者である未来世代については個体指示ができない)について、A.C.Dantoの「物語としての歴史」論(1964)やG.Ryleによる発話における時制構造の分析(1960)、またD.Dennettによるダーウィン的系統樹思考から見る「種の分岐」の時点に関する考察(1995)とも重ね合わせて検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
「研究実績の概要」に記した「人格」概念をめぐる基礎的検討に予想以上の手間がかかり、また先行文献のサーベイ作業の途中で若干の方向修正を余儀なくされたために、課題に明示された両輪のうち、もう一つの「生命」概念の社会学的検討(概念分析)については十分な検討を行うことができなかった。とりわけ、「研究の目的・方法」に記した、拙著『〈個〉からはじめる生命論』(2007年)の全面的な再検討をめざして、そこで主題としたロングフル・ライフ訴訟のその後の事例および研究文献を渉猟する作業はほぼ手つかずのままにせざるをえなかった。ただし、「概要」に記したように、研究全体としては新たな情報や視点を得つつ進捗しているので、これは単純な遅延というわけではない。とはいえ、今後の研究期間において達成すべき目標の再評価を行なう必要はあり、それが今年度(第二年度)の一つの課題になると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
「現在の達成度」の項目にも記したように、「人格の存在論」と「生命概念の歴史的分析」という両面のうち、初年度の作業は前者に著しく傾斜した。今年度以降は、後者により傾注したい。なお補足しておけば、これは「生命」概念の由来・遍歴を科学史的に振り返ることを背景としつつも、主眼はそこにはなく、現在を生きる私たちが「生命の尊さ」や「かけがえのない命」といった表現を用いて社会生活を営む際に、そこに現れる「生命」や「命(いのち)」といった語彙がどのような働きをしているのかを記述・分析することを通して、私たち(市井の人々)自身が暗黙に共有している〈生命〉概念を明らかにしようとするものである。「計画」に掲げたロングフル・ライフ訴訟や「救いの弟妹」をめぐる言説はそうした作業を行うためのデータであるが、むろん注目すべきデータはそれだけではない。例えば、本研究開始以降に、いわゆる「新しい出生前診断」が急速に実用化され、各種メディアにおいて大量の言説を引き起こしているが、本研究は、そうした言説の多くがとる倫理学的な構え(その重要性そのものを否定するものではない)とは別の視点から、いったいどのような「生命」概念がそこで動員され、どのような議論のアリーナがかたちづくられているのかを明らかにするため、そうした言説にアクセスしていくつもりである。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
文献・映像資料等の消耗品に過半を支出する予定である。その他、PCおよび若干の周辺機器の更新、および、複数回の学会出張(海外を含む)を予定している。
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