2012 Fiscal Year Research-status Report
性格不一致の離婚と結婚愛の系譜:ミルトンの離婚論を起点とした結婚・離婚幻想批判
Project/Area Number |
24617007
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
鈴木 繁夫 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 教授 (50162946)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 離婚 / 性格不一致 / 結婚愛 / ミルトン / 誤訳 / 聖書釈義 / ブツァー / グロティウス |
Research Abstract |
【具体的内容】夫婦が相互に抱く愛は他の愛とは異なった愛であり、性格の不一致があるなら離婚は可能という主張を、ミルトンは四つの離婚論において展開した。 (1) 『離婚の教義と規律』において、ミルトンが主として議論の典拠としている法学者グロティウスと神学者ファーギウスの聖書釈義は、彼自身の意図的飛躍と都合のよい捏造から成り立っている。いずれの学者においてもその聖書釈義は、「申命記」の離婚許可[旧約下の離婚許可]と「マタイ福音書」のイエスの離婚拒絶[新約下の離婚不許可]とを文字上の齟齬を調停する方向で進む。グロティウスの場合には、衡平法の観点から不品行による離婚は新約下においても許可されると述べているだけで、性格の不一致による離婚許可への言及はない。また神学者ファーギウスでは、「かたくなな心」ゆえの離婚は不許可で、「うざい妻」に対しては「進んで苦しみに耐える」ことを勧めている。 (2) 『ブツァー氏の判断』は神学者ブツァーの『キリストの王国』中の離婚に関する箇所の翻訳であるが、翻訳中のミルトンによる意図的曲解をパターン化した。パターンの軸として、当事者間の合意と当事者外の合意と、性的交わりと精神的交わり、離婚事由範囲の拡大を用いて、曲解例を整理し、ミルトンが性格不一致による離婚許可という主張をこの神学者の権威を利用してねつ造したかを探り出した。 【意義】(1)現代的離婚事由の誕生:①夫婦間の深い信頼の基づく結婚愛と②性格不一致による離婚の是認という現代の結婚観・離婚観の基本概念のうち、②はミルトンの意図的誤解釈が淵源であることを明らかになった。 (2) 現代的離婚事由の神学根拠:②は聖書釈義という聖なる領域に本来は関わること、そしてミルトンの時代にはむしろ離婚に否定的であることが解明された
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」[具体的内容]のうち(1)については、論文としてまとめ「離婚の起源と不誠実な反復:ミルトン『離婚の教理と規律』の正統/当性」として、研究科紀要(2013年)に掲載される予定である。この論文の主眼は、そのタイトルが示唆するように、性格の不一致による離婚許可という聖書釈義はなされていなことにあるが、ミルトンがあえてこうした強引な意図的誤解釈を公にした背景には、①夫婦愛を扱った16-17世紀の英国演劇・叙事詩が示すように、夫婦間の深い信頼に基づく結婚愛が必要という観念がこの頃しだいに浸透しつつあったこと、そして②結婚愛がいったん崩れてしまった場合でも、それを神からの試練として受けとめ結婚愛の再構築を目指すことが強い通念としてあったことを明らかにした。②についてはこれまでおおくの研究者に見過ごされてきたことであり、性格不一致では離婚不許可が通常解釈であったこととあいまって、発見であった。 なおケンブリッジおよびオックスフォード大学古文書館での資料収集、外国人研究協力者との面談は、配分額が申請予算額から予想以上に大きく削減された額であったために実現できなかった。その代替措置としてEarly English Text Onlineを利用した。 「研究実績の概要」[具体的内容]のうち(2)については、ブツァー『キリストの王国』(ラテン語)とミルトン『ブツァー氏の判断』(英語)を比較し、曲解箇所を洗い出す作業を、アーノルド・ウィリアムズによる『ブツァー氏の判断』の注釈(英語・ラテン語)に助けられながら進めていった。しかし、ウィリアムズ自身のラテン語から英語への翻訳に誤訳が含まれており、また内容もキリスト初期教父についての神学知識だけではなく所有権まで含めたローマ法知識が必要であるために、予想以上に作業は難航した。データーベース化の最終版は2013年8月を予定している。
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Strategy for Future Research Activity |
【今後の研究】結婚愛成立と性格不一致に関する歴史的経緯: ミルトンによる誤解釈はその後、継承されることはなかった。しかし200年後に、19世紀後半に西欧各国で離婚法改定が起こり、離婚が結婚と同様に社会制度として顕在的に認知されるようになった、その歴史的経緯を25年度では明らかにする。 (1)愛する異性と結ばれて家庭を築く結婚愛成立の歴史的経緯については、ストーン 、マクファーレン、トッドなどの著作に依拠しつつ、これまで注目度が低かったキリスト教人文主義の影響を軸にしてまとめる。これを土台にして、教会権威が低下した19世紀後半に結婚愛への価値付けがいわばインフレ状態化する理由が、宗教抜きの人文主義(=肥大化する個人尊重)にあったこと、その結果、聖なる宗教性から剥離した結婚愛が独自の聖性を獲得したこと、さらにこの独自性から生じる特質を解明する。 (2) 性格不一致の<歴史的経緯>については、フィリップスやクレットネィの見解を踏まえ、私的離婚の社会内浸透、財産所有権などの社会問題化が、ミルトン離婚論が主張する性格不一致による離婚是認と、実際の史実としてどの程度の関連性があるのかを探る。 【研究方策】(1)については16-7世紀および 19世紀の英国文学研究者(松並綾子他)との意見交換を、面談、メイルを通じて行う。(2)については、英国法学の研究者(緒方直人)と連絡を取り、意見交換を行う。(1)と(2)の研究内容を総合化し、外部に発信するために国際学会を開催する。「結婚・離婚幻想批判:近代史からみた愛と相性」というテーマでシンポジウム開催する。シンポには、24年度に意見交換したメンバーに加えて、17世紀の愛の観念史に詳しいエルス・ストロンクス(ユトレヒト大・教授)を招聘、またキリスト教の結婚・離婚観の神学者ホアン・マシア(元・上智大・教授)を加え、学際的国際共同シンポとする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
ケンブリッジおよびオックスフォード大学古文書館での資料収集、外国人研究協力者との面談は、前年度配分額が申請予算額から削減された額であったために実現できず、繰越額が生じた。これらの資料収集を今年度予算と合算して行う(約30万円)。 [研究方策](3)にあるように、国際会議を開催する。外国人招聘旅費(約60万円)、講師謝金(約10万)、設営・運営費(約10万)。 残額は、[研究方策](1)および(2)に記載した研究者と面談するための旅費(約8万)、および結婚愛成立と性格不一致という歴史的経緯に関連した研究書の購入(約13万)にあてる。
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