2014 Fiscal Year Research-status Report
〈放蕩息子〉の寓話と北ヨーロッパ商業都市の変容 ―中世から近世へ―
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24617008
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
前野 みち子 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 教授 (40157152)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 〈放蕩息子〉の寓話 / 〈金持ち〉の寓話 / ルクスリア / 中世社会経済史 / 北ヨーロッパ / 中世の娼婦 / 中世の居酒屋 / 中世の食卓 |
Outline of Annual Research Achievements |
26年度の本課題研究は、25年度途中で行った方針転換に従って研究の時代的焦点を狭め、13世紀北ヨーロッパ都市の商業流通経済と「金持ち」層の興隆が〈放蕩息子の寓話〉の流行とどのように関わっているのかを、社会経済史的視点を交えて探った。前年度の研究成果をもとに、13世紀のステンドグラスに登場する放蕩息子の娼家の場面から、奢侈文化を描写する際の当時の常套的トポスとして、酒家(居酒屋)、着飾った女性(具体的にはこの時期に大流行したバーベットと呼ばれるヘッドドレスの着用に注目)、贅沢な食卓、の三点を抽出し、これらを同時代の商業流通経済、及びそこに俗人と共に大きく参与した教会関係者との関連で考察した。これらのトポスは13世紀の商業流通経済のみならず、キリスト教が繰り返し戒めた〈七つの大罪〉の主要悪徳とも緊密に結びついており、従ってこの抽出は、中世的世界を支配した世俗的・商業的現実と宗教モラルの矛盾し、かつ相互依存的な関係を解明するために極めて有効であると考えられる。今年度は前年度に引き続きこれらと関連する図像資料、及び同時代の演劇や物語、恋愛詩、カルミナ・ブラーナなどの民衆歌などのテクスト資料を調査・収集し、基礎的な分析を試みた。 また、12世紀以前における同様のトポスの描かれ方と比較した結果、13世紀の経済的興隆がこの世紀の資料に如実に可視化され、描写が物質的具体性を増していることを確認した。 この比較作業においては、筆者の以前の科研費による研究成果とも照合したが、12世紀まで広く流布した『プシコマキア』写本の挿絵の寓意ルクスリア(=快楽・色欲)との細部比較が非常に示唆的であった。筆者は、〈寓意〉allegory が〈寓話〉parableにとって代わられるという13世紀の現象そのものに、その背景をなす社会の物量的増大の反映を見ており、これを論文にまとめるつもりである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本課題研究は、2年目半ばで当初研究対象として設定していた時代幅をかなり狭め、〈放蕩息子〉の寓話流行の通史的概観よりむしろ、この寓話が最初に大きく注目を集め流布した13世紀の、俗人・教会人双方を巻き込んだ都市商業経済の複雑な様相とこの寓話との関係を解明することに焦点を定めた。そのため、今年度の研究の中心は、この解明に有効なトポスの抽出とその妥当性を検証することに当てたが、この点では所期の目的は達成されている。また、〈寓意〉から〈寓話〉への関心の推移という、一見して文学的想像力の変化と見られがちな現象の背景に、社会経済史的、物量的諸現象が透視されることについて資料的裏付けを得たことからも、成果はあったと考える。その結果として、来年度に向けての研究の展開方向も明確になっている。ただし、年度当初に予定していた論文執筆が実現しなかったことにより、「やや遅れている」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
27年度は、26年度に本課題研究遂行のために抽出した三つのトポスが当時の流通経済や市場の実態と具体的にどのように関わっていたのかについて、居酒屋とワイン流通、女性の服飾と奢侈品製造職人、食卓(パン、肉、魚)の供給経路と関連するギルドや利権などについての先行研究を参照し、図像・テクストの一次資料収集も継続しつつ、読み解いていく。近年はとりわけ中世の居酒屋(宿屋を兼ねる)についての研究も増えているので、それらを十分に踏まえつつ、三つのトポスを総合するこの寓話の同時代的意味を考察する。 また、26年度の図像調査により、12世紀のキリスト教関係の図像資料では、〈放蕩息子〉の寓話は〈金持ち〉の寓話と並行して語られるのを常としたが、13世紀以降、前者が後者を排除しつつ圧倒的な流行を示すようになることが確認されたので、その理由についても考察する。一般的な予測としては、後者の寓話のもつ現実的で色彩豊かな具体性が時代精神にアピールしたものと思えるが、この関連で、これまではまだ十分な研究がなされていない13世紀の娼館文化(都市の社交場)についても、世俗的関心、教会モラル的関心、教会人の経済的関心が交差するトポスとして研究を進めていきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
26年度は公務とその関連の外国出張が重なり、本課題遂行のために予定していた外国出張を実施することができなかった。したがって、図版関係資料の収集は、近年急速に充実してきているネット公開の各アーカイヴの渉猟、出版公開されている資料、購入図書を中心に行い、当地に出向く必要があるアーカイヴへの出張は次年度に回すことにした。また、25年度半ばに行った研究方針の転換により、当初予定していた出張のうち、不要となったものもある。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
27年度は26年度からの繰り越し金が多いこと、また上述したように、25年度半ばに行った研究方針の転換とも関係して、外国出張の回数も、現段階では、当初から27年度に予定していた2回のままで十分と思われるので、27年度から次年度へも同様の繰り越しが生じる可能性がある。外国出張の必要性は、研究の進展とその方向性により必ずしも正確に予測できないので、最終年度末に残金を返還することもありうると考えている。
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