2015 Fiscal Year Research-status Report
〈放蕩息子〉の寓話と北ヨーロッパ商業都市の変容 ―中世から近世へ―
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24617008
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
前野 みち子 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 名誉教授 (40157152)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 〈放蕩息子の寓話〉 / マイアー・ヘルムブレヒト / 十三世紀北ヨーロッパ / 中世社会文化史 / 宮廷人・都市民・農民 / 奢侈文化 / 中世社会経済史 / 中世都市アラス |
Outline of Annual Research Achievements |
27年度の本課題研究は年度当初に予定していた十三世紀の食卓及び服飾文化についての図像学的研究とも絡めて、〈放蕩息子〉像と関わる幾つかの文学作品から、同時代の社会・文化現象の構成基盤であった宮廷・都市・農村の相互関係を反映するテキストを抽出し、当時の流通経済・奢侈文化との関連で分析・考察した。特に、十三世紀初頭から高級毛織物産業によって急速に台頭した仏フランドル都市アラスの〈放蕩息子の寓話〉に基づく市民劇Courtois d'Arrasと、都市文化からは隔たっているが、奢侈品の流入が目立ち始めたドイツの農村を舞台に、騎士に成り上がろうとする農民の息子の破滅を描く物語Meier Helmbrechtの細部分析の結果得られた知見は有益であった。前者において都市は、26年度に分析対象としたこの寓話のステンドグラスに描写される娼館同様、「宮廷風」のイメージを積極的に商品化して法外な値で売りつける場であり、この都市像には現実だけでなく、都市を娼婦と重ねてイメージする聖書的伝統も関与していたと思われる。また、粗野な「富裕」農民像がこの時代からステレオタイプ化していくことも確認できた。他方、近隣都市の不在により金銭流通が未だ不活発な後者の作品では、かつての宮廷騎士が不平農民を吸収して略奪騎士に変容し、富裕農民から「分不相応な」奢侈品を強奪する。ここで宮廷と農村は奢侈品そのものを介して接し、ある種の身分混交的混乱状況を生んでいる。さらに、当時の他の文学作品や図像からも奢侈品をめぐる金銭の授受や物々交換の場面、言及・示唆を数多く抽出することにより、この時代を特徴づける奢侈品(食卓と服飾)への強い関心がいかなる背景と構造をもっていたのかを探った。最後に、このような社会・文化現象が、十字軍開始以降の東方の奢侈文化との出会い及びその神話化とどのように関わっていたのかについても端緒的な分析を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
25年度半ばから、本来は通史的概観を目指していた研究内容を改め、その焦点を十三世紀の都市の奢侈文化をめぐる諸様相に絞ることにしたが、27年度の研究はこの現象の背景を総体的に把握するために、当初予定していた課題と並行して、奢侈文化が浸透し始めた農村を舞台とする文学作品及びその時代状況を分析する作業にも力を入れた。この作業は、社会文化史を目指す本研究の意図にとって不可欠なもので、これにより以前は見えていなかったこの時代の奢侈文化の複雑な諸相を総合的に捉える視座を獲得できたと考えている。しかしこれにより研究遂行の焦点が二極化したため、本年度もまた論文のかたちでこれまでの研究成果を発表することができなかった。したがって、「遅れている」と判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
28年度は本研究課題の最終年度に当たるので、少なくともこれまでの成果の一部を論文に纏める予定である。また、引き続き26・27年度の研究方向に沿って、奢侈品への関心の高まりとその流通経路・形態に注目する資料分析・考察に努める。これまでに渉猟・収集した十三世紀の文学テキスト及び図像資料を軸として、関連する歴史・文化史分野の先行研究をも十分に参照しつつ、商業都市の急速な興隆・繁栄と、教会説教的枠組みを遥かに逸脱した〈放蕩息子の寓話〉の解釈や農民の成り上がり現象への注目がどのように本質連関していたのか、またそこには、都市民の宮廷観と農村・農民観、ひいては都市・宮廷・農村の各位相とそれらの相互関係に対する社会通念がどのように反映されていたのか、の二点を中心に明らかにしたいと考えている。 さらに時間が許せば、今後引き続き予定している研究の準備段階として、27年度に行った端緒的作業を発展させて、東方の奢侈文化のインパクトが、少なくもイメージの次元では北ヨーロッパ都市の庶民層までをも巻き込んでいたという事実を、種々の一次資料の細部記述によって解き明かし、この時代の奢侈文化とイメージ及び妄想の相互依存・相互作用についても考察を進めたい。
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Causes of Carryover |
平成27年9月に受診した人間ドックとその後の精密検査により、持続的加療を要する病気がいくつか判明したため、26年度に引き続き、年度当初に予定していた海外資料調査を行うことができなかった。これが次年度使用額が生じた主な理由である。 しかし、近年は海外の図書館や博物館が所蔵する中世関係資料(特に挿絵入り写本)の画像が大量にインターネット公開されているため、主にそれらを利用することによって一定の資料収集を行うことができた。また、これも26年度と同様であるが、図像・テキスト資料ともに、書籍として出版されているものについては、古書を含め必要に応じて収集し、予定よりも多く支出した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度は成果を纏める作業に多くの時間を費やすことになると思うが、必要な資料収集は続ける予定である。可能になれば海外資料収集も考えたいが、いずれにせよ、必要に応じて使用した結果の残額は返還するつもりである。
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