2012 Fiscal Year Research-status Report
総合商社における内部労働市場の形成―戦前期三井物産社員の学歴と勤続と昇進の動態―
Project/Area Number |
24653077
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Research Category |
Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中林 真幸 東京大学, 社会科学研究所, 准教授 (60302676)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
大島 久幸 高千穂大学, 経営学部, 教授 (40327995)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 経済史 / 経営史 / 企業理論 / 産業組織 / 比較制度分析 |
Research Abstract |
研究の目的 本計画は、「内部労働市場の形成」、育成された人的資本を組み合わせる「企業組織の形成」の解明を二つの柱として着手された。「内部労働市場の形成」については、総合商社の人事制度に関する研究成果を継承しつつ、近年、経営史分野においても急速に受け入れられつつある、契約理論を柱とする企業の経済学を用いて、企業組織としての三井物産の発展を分析することを企図している。三井物産は戦前期日本企業のなかでも、もっとも速く、閉鎖的な内部労働市場を形成した企業のひとつであり、先行研究にも注目されてきたが、それらが主に伝承的な証拠に頼ってきたのに対して、本研究計画においては、全ての従業員の学歴、昇進歴、昇給歴を定量的に把握する。「企業組織の形成」は、特に、三井物産が、短期的な業績を追求させることと、企業の長期的な成長と、そしてその成長を支える人材育成をいかに鼎立させていたのかを分析することに主眼を置いている。 本年度の到達点 かかる目的を実現するための最初の作業として、研究代表者中林真幸と研究分担者大島久幸は、戦前期三井物産における支店への業務の配分と、それと密接に関わる、社員に対する誘因の枠組みの分析に着手、探索的なデータ構築と、それに基づく暫定的な結果を得るに至った。その要点は以下の通りである。 1)三井物産は支店に短期的な強い誘因を与えるために、一貫して、支店独立採算制を維持した。2)しかし、そのことが、企業価値の長期的な成長を阻害することを避けるために、ここの社員に対しては、世界大に広がる支店社員の個々の業績を本店が追尾し、一元的に昇進、昇格させる仕組みを維持した。自身の長期的な昇進と三井物産の長期的な成長は整合的であるから、この人事制度は、支店社員が企業価値を既存する過大なリスクを取ることを抑止した。 この成果は平成25年度社会経済史学会全国大会において報告される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
H24年度に得られた知見 第一次世界大戦後、三井物産は、1922年以降1929年にかけて「穏健ナル積極主義」へと転換するとともに、砂糖、石炭、機械など特定の部を除いて、支部を廃止し支店の自営性を容認する組織変更を行った。三菱商事が、同時代に支店の自営性を制限して集権性を強める組織改革を行ってリスク回避的な行動をとったのとは対照的な展開である。こうしたリスク管理の再分権化を柱とする業務配分にあたっては、リスク管理にあたる支店職員の誘因を適切に制御する必要があった。商品別、地域別のリスクに関する情報は支店に蓄積される。その情報を用いて利益を上げるには、情報を持っている支店に権限を与えればよい。その意味で、分権化は効率性を改善しうる。しかし、同時に、本店はその情報を持っていないのであるから、支店のリスク負担行動が適正かどうかを監視することは難しい。支店職員にとって最適なリスク負担行動と三井物産の利潤最大化のために最適なリスク負担行動が一致しない場合、前者が優先されるモラルハザードの恐れは常に存在する。分権化にともなう収益性の改善とモラルハザードは不可分なトレードオフなのである。したがって、分権化をともなう業務の配分にあたっては、支店職員の最適化行動が三井物産全体のそれと矛盾しないように誘導する誘因の設計が欠かせなかった。本報告が、分権化を軸とする業務配分と、職員に対する長期の誘因とを同時に分析する所以である。H24年度は、当該期の三井物産でこうした課題がどのように克服されていたのかという点について分析した。具体的には、1918年、1922年、1927年、1932年、1937年、1941年の6時点における社員全体の賃金を組織別に集計し、部署別の賃金の分布を時系列で観測することで同社の業務配分と誘因設計の実態解明に取り組んだ。
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Strategy for Future Research Activity |
パネルデータの構築 戦前期三井物産全社員の生年、出身、学歴、職歴、昇給歴、昇進歴、配属歴のすべてを電子化し、三井物産の労働組織をデータベース上に再現することが、本計画の柱である。平成24年度にはそれらの項目のうちの一部について、5カ年のデータベース構築が完了した。平成24年度における探索的な入力作業をふまえ、データ構築を加速することが平成25年度における研究遂行の至上命題となる。我が国においては個別企業社員のわたるパネルデータの作成はなされた例がなく、最も進んだアメリカやドイツにおいても、学歴、職歴情報等において本計画よりもはるかに貧弱な例しか提出されていない。こうした状況をふまえ、日本経営史への理解を深めることはもとより、人事経済学一般への国際的貢献も視野に入れた精密なデータベースの構築に取り組みたい。 人事の定量分析と組織の定性分析の結合 企業で働く従業員にとって、その組織設計は、従業員自身の利益にそぐうものでなければ、従うべきものではない。言い換えれば、有効に機能する企業組織は、必ず、それを支える人事政策をともなっている。分権化と集権化の間を試行錯誤しつつグローバルに展開した三井物産の企業組織を解明する上で、その内部労働市場の定量的な分析は、強固な基礎となる。特に、平成24年度における探索的なデータ構築は、今後における定性的な史料解釈にも貴重な含意を与えるものとなった。それを踏まえて、社内通達をはじめとする定性史料の分析も深めてゆきたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
パネルデータの構築 人事記録の入力を進める一方、入力済みデータの精錬を進める。平成24年度から持ち越した金額もそのための謝金に充てられる。 探査的な研究発表 暫定的な結果について国際学会において報告し、研究進捗のための助言を得る。そのための海外出張旅費が必要となる。
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