2013 Fiscal Year Research-status Report
総合商社における内部労働市場の形成―戦前期三井物産社員の学歴と勤続と昇進の動態―
Project/Area Number |
24653077
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中林 真幸 東京大学, 社会科学研究所, 准教授 (60302676)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
大島 久幸 高千穂大学, 経営学部, 教授 (40327995)
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Keywords | 経済史 / 経営史 / 企業理論 / 産業組織 / 比較制度分析 |
Research Abstract |
研究の目的 本計画は、「内部労働市場」の形成、育成された人的資本を組み合わせる「企業組織」の形成の解明を二つの柱として着手された。「内部労働市場」の形成については、総合商社の人事制度に関する研究成果を継承しつつ、契約理論を柱とする企業の経済学を用いて、企業組織としての三井物産の発展を分析することを企図している。三井物産は戦前期日本企業の中でも、最も速く、閉鎖的な「内部労働市場」を形成した企業のひとつであり、先行研究にも注目されてきたが、それらが主に伝承的な証拠に頼ってきたのに対して、本研究計画においては、全ての従業員の学歴、昇進歴、昇給歴を定量的に把握する。三井物産研究において、こうした接近の前例はなく、本計画が学界初の試みである。一方、「企業組織」の形成については、先行研究においても記述的な史料に基づいた議論が交わされてきた論点に取り組む。三井物産は、従業員に強い誘因を与え、短期的に高い業績を追求させたことがよく知られており、複雑で多次元的な業務に従事する事務職系労働者に対して強い誘因を与えることが「多次元のモラルハザード」を惹起することも、学術上また実務上、よく知られている。上席に把握される業績の「量」を追求する一方、上席から見えにくい「質」や法令遵守が疎かになり、企業の長期的な成長を阻害する問題である。三井物産は、短期的な業績主義と長期的な人材形成をいかに両立させていたのか。それに答える糸口をつかむことが、本研究の第二の目的である。 本年度の到達点 第一の目的、すなわち「内部労働市場」形成の分析については、引き続き、新たなデータの入力と、記入力データの洗浄が精力的に行われた。複雑な人事組織を電算機上に移植する作業であり、容易ではないが、着実な進捗を見ている。第二の目的、すなわち、「企業組織」形成の分析については、昨年度に着手した分析をさらに深掘りした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
H25年度に得られた知見 第一の目的である「内部労働市場」の形成については、引き続き、データベース構築の途上にあり、独立した論文を構想する段階にはないが、年次別にいくつか配慮すべき外生的な条件があることなど、データベース構築後の分析に役立つ知見は蓄積されている。たとえば、1940-1941年の異動はそれ以前と比較して不連続に異なっており、データベースを構築した後に賃金と昇進の動学をモデル化し、推定する際には、戦時統制効果を制御することが重要となるであろうことを改めて認識した。第二の目的である「企業組織」の形成について、現在、我々が持っている仮説の概要は、1)三井物産は支店に短期的な強い誘因を与えるために、一貫して、支店独立採算制を維持したが、2)しかし、そのことが、企業価値の長期的な成長を阻害することを避けるために、ここの社員に対しては、世界大に広がる支店社員の個々の業績を本店が追尾し、一元的に昇進、昇格させる仕組みを維持した、というものである。記入力のデータベースはこうした推論と矛盾しない。平成24年度に着手された賃金推定を、拡張されたデータに基づいてさらに精緻化した。
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Strategy for Future Research Activity |
(今後の推進方策) パネルデータの構築 戦前期三井物産全社員の生年、出身、学歴、職歴、昇給歴、昇進歴、配属歴のすべてを電子化し、三井物産の労働組織をデータベース上に再現することが、本計画の柱である。平成24-25年度における探索的な入力作業をふまえ、データ構築を加速し、さらなる展開の基礎を固めることが、平成26年度における研究遂行の至上命題となる。我が国においては、個別企業の全社員にわたるパネルデータの作成はなされた例がなく、最も進んだアメリカやドイツにおいても、学歴、職歴情報等において本計画よりもはるかに貧弱な例しか提出されていない。こうした状況をふまえ、日本経営史への理解を深めることはもとより、人事経済学一般への国際的貢献も視野に入れた精密なデータベースの構築に取り組みたい。 人事の定量分析と組織の定性分析の結合 企業で働く従業員にとって、その組織設計は、従業員自身の利益にそぐうものでなければ、従うべきものではない。言い換えれば、有効に機能する企業組織は、必ず、それを支える人事政策をともなっている。分権化と集権化の間を試行錯誤しつつグローバルに展開した三井物産の企業組織を解明する上で、その内部労働市場の定量的な分析は、強固な基礎となる。データベースの構築が進むとともに、豊かな仮説の構築に向けて、定性的な証拠を拡充していくことも求められる。平成26年度には記述史料のさらなる探索にも注力したい。 (次年度の研究費の使用計画) パネルデータの構築 人事記録の入力を進める一方、入力済みデータの精錬を進める。平成24年度から持ち越した金額もそのための謝金に充てられる。 探査的な研究発表 暫定的な結果について国際学会において報告し、研究進捗のための助言を得る。そのための海外出張旅費が必要となる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
データベースの入力作業にあたっては、精度が何よりも優先されなければならない。したがって、データ入力に従事する学術支援職員の時間を本作業に割くことが難しい場合には、学生アルバイト等によって代替するのではなく、次年度の学術支援職員業務とすることが適切と判断した。 データベース構築にあたる学術支援職員給与支払いとして執行される計画である。
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