2012 Fiscal Year Research-status Report
聞き取りによる被爆1世と2世の生活史研究:3.11原発問題下の子育て世代への示唆
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24653127
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Research Institution | Musashi University |
Principal Investigator |
徳久 美生子 武蔵大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (80625666)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | ライフヒストリー / 被爆経験 / 戦争と平和 / 生をめぐる承認 / 「被爆者」 |
Research Abstract |
今年度は、広島、福岡、東京においてライフヒストリーの聞き取り調査を実施した。広島へは7回、福岡へは1回出張した。現在までのところ14名の被爆1世と3名の被爆2世から話を聞いた。話を聞いた被爆1世は、 全員が被爆当時10代だった人たちである。また14名中8名は、これまで公的な場で被爆体験を語ったことのない未証言者たちである。さらに広島のNPOが主催した海外研修生の平和学習プログラム(2回)、広島、長崎での平和祈念式典、長崎での軍縮・不拡散教育グローバルフォーラムに参加し、参与観察を実施した。 調査の過程で、未証言の被爆1世たちは、悲惨な経験を語れないだけでなく、自ら語らないことを選択してもいることが判明した。この「語らない被爆1世たち」の生き様に新しい被爆者像を提示する上での手がかりがあると考えた。そこで平成24年度はなぜ未証言者たちは「語らないこと」を選択するのかを分析した。 研究の結果、未証言者たちの「語らないという選択」の背景には、経験の多様性によるコンフリクトを避けるという現実的な選択とともに、語ることのできない死者たちの側に自分自身を位置づけるという意味があることがわかった。そしてそれは分裂した平和運動に対する沈黙による抵抗であるとともに、語ろうとする主体である自身に対する抵抗でもあった。 調査の途中経過は、日本社会学会第85回大会(於:札幌学院大学)のテーマ部会「戦争を社会学する」において発表した。また分析結果を論文にまとめ学会誌に投稿した(現在審査中)。さらに被爆経験のもつ現在的意味をまとめた原稿が、改訂新版『グローバル化時代の新しい社会学』新泉社に掲載された。 人のトラウマに関わるインタビューには、継続的に相手によりそう時間が必要である。そのため広島への出張回数が当初予定の6回から7回となり、ユンク展見学の必要もあった3月の出張分を25年度予算から処理した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究の目的が、順調に進展している理由は、以下の3点にある。 (1)チャレンジ目標であった未証言被爆者へのインタビューに成功し、現在を生きる「新しい被爆者像」を考える上での手がかりとなる多くに発言を聴取出来た。たとえば、「被害者意識を持ちたくない」という言葉や平和運動への違和感といったこれまで明らかにされてこなかった被爆1世たちの声を聞くことができた。 (2)インタビュー対象者たちと、長時間、複数回話をしていった結果、会食会や同窓会への同席を許されるなど、話をききやすい関係を構築することができた。また1年間という時間の中でのそれぞれに生じた変化を聞きとることができた。複数回のインタビューによって記憶が蘇り、新しい話が聴けたこともあった。 (3)インタビュー結果から、「語らない存在」である死者の側に居続けることを選択する「語らない被爆者」という新しい被爆者像を提示できた。またこの新しい被爆者像を3名の被爆2世に提示し、意見を聞くことができた。 だが今後の課題もある。「語らない被爆者」は、現在の被爆者像の一部でしかない。この点に関しては、これまで実施してきた被爆証言者へのインタビューも含めてさらなる検討が必要である。長時間、複数回インタビューに協力して頂いている方もおり、「分厚い記述」が可能であるだけのデータは揃っている。しかし結果の分析には至っていない。早急に取り組む所存である。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度の前半には、被爆証言者への聞き取り調査の結果も含めて、被爆1世へのインタビュー調査の結果から現在を生きる「新しい被爆者」像について検討し、被爆2世の視点から捉え直す。ただし被爆1世、2世への聞き取り調査は、今後も継続していく。それはインタビューを実施していく中で、時間による被爆1世、2世たちの意識の変化に直面したこともあり、かつて石田忠が実施したような「被爆者」と長期にわたり、線的ではなく面的に向き合う研究を継続していく必要があると考えるようになったからである。 次年度の後半には、福島県内と首都圏に在住する子育て世代へのインタビュー調査を実施する。福島からの避難者にもインタビューをする予定である。その上でこれまでの被爆1世と2世へのインタビュー調査結果から明らかになった「新しい被爆者像」と、未来を生きる子どもたちの育成に対峙する子育て世代との間にどのような共感の回路を描けるのか、共感の可能性をひとつの作業仮説として提示する。 今後の課題として、J.バトラーの『生のはかなさ』など現在の「戦争と平和」に関する論考を参考にしながら、どうすれば被爆1世の戦後経験を、対立軸を設定しない新しい「戦争と平和」論へとつなげることができるのか検討していく。新しい「戦争と平和」論の検討のためにも、被爆1世の「生」と今後も継続的に向き合っていく。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
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