2012 Fiscal Year Research-status Report
一重項酸素の新しい絶対濃度測定法の開発と新原理に基づいた高感度検出装置の試作
Project/Area Number |
24655060
|
Research Institution | Yokohama National University |
Principal Investigator |
八木 幹雄 横浜国立大学, 工学研究院, 教授 (00107369)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
菊地 あづさ 横浜国立大学, 工学研究院, 助教 (30452048)
|
Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
Keywords | 一重項酸素 / 電子常磁性共鳴 / 近赤外発光 / りん光 |
Research Abstract |
一重項酸素は,光酸化反応における主役として合成化学的・生化学的に興味をもたれ,近年種々の疾患の関連因子として注目されている。一重項酸素は1270 nmの赤外光を発し,この赤外発光を検出する方法が主たる一重項酸素の検出方法となっている。しかし,一重項酸素の放射速度定数が不明のため,発光法による定量は困難である。 本研究では,一重項酸素の絶対濃度を決定する信頼性の高い測定法である電子常磁性共鳴法(EPR法)により予め較正された赤外光検出器を用い,携帯性,簡便性,経済性に優れた「一重項酸素の新しい絶対濃度測定法の開発」を第一の目的とした。また,EPR 信号を赤外発光強度の変化として検出する新しい原理に基づいた一重項酸素の高感度検出装置(赤外発光検出EPR)を試作することを第二の目的とした。 基底状態の酸素分子は三重項状態であり,常磁性を示す極めて珍しい分子である。一重項酸素は軌道角運動量が死滅せずに残っているため,スピン角運動量がゼロの一重項状態であるにもかかわらず常磁性であり,ESR と呼ばれる装置で観測可能である。本研究では,三重項酸素と一重項酸素が同時に観測されるEPR 法の特性に着目した。基底状態の酸素濃度は正確に測定可能であるため,三重項酸素を濃度標準物質とすることにより,一重項酸素の絶対濃度を決定することが可能である。 平成24年度に近赤外光電子増倍管モジュールを購入し,一重項酸素の時間分解りん光スペクトルおよび寿命測定システムを構築した。発光検出用の窓を備えた光透過型空洞共振器を用いて,気相における一重項酸素の赤外発光-EPR同時検出装置を試作した。三重項酸素から一重項酸素への光学遷移はスピンと軌道の二重禁制遷移であるため,本研究では光増感法を選択した。三重項増感剤としてオクタフルオロナフタレンを用い,気相における一重項酸素からの赤外発光を検出することに成功した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
一重項酸素は基底状態に緩和する際に波長1270nmに固有のりん光を発する。この近赤外発光を検出するために,950~1400nmの波長領域に十分な感度を有する近赤外光電子増倍管モジュール(浜松ホトニクス製,H10330A-45 電子冷却型近赤外光電子増倍管モジュール)を購入し,Nd:YAGレーザ,近赤外用小型分光器,ボックスカー積分器,デジタルオッシロスコープと組合せて,一重項酸素の時間分解りん光スペクトルおよび寿命測定システムを構築した。 増感剤を励起するNd:YAGレーザは波長として266, 355, 532nmが選択可能であり,広範囲な増感剤に対応可能である。本システムの時間分解能は約100nsである。液相における一重項酸素の寿命は溶媒によって大きく異なるが3μs(水中)よりも長いため,本システムは広範囲な溶媒中の研究に対応可能である。また,本システムを用いて有機系サンスクリーン剤であるショウノウ誘導体からの一重項酸素の光増感生成を確認したところ,エタノール溶液中で発光ピーク波長1274nm,寿命16μsの一重項酸素からの近赤外発光が観測され,光増感生成の量子収量0.05が得られた。これらの研究成果はThe Journal of Physical Chemistry A, 117, 1413-1419 (2013)に掲載された。 一方,気相における一重項酸素の寿命は圧力および容器に依存し,大気圧中で最も短く内径10mmのセルでは約23msである。従って,本システムは気相における一重項酸素の研究を広範囲な条件下で行うことが可能な時間分解能を有している。三重項増感剤としてオクタフルオロナフタレンを用いて発光ピーク波長1270nm,寿命22ms(大気圧下)の一重項酸素からの近赤外発光を気相中で観測することに成功した。
|
Strategy for Future Research Activity |
種々の濃度の一重項酸素を発生させEPR 信号強度と赤外発光強度を同じ条件で観測する。一重項酸素濃度はEPR信号から正確に決定されるため,一重項酸素濃度と赤外発光強度の関係が求められる。すなわち赤外発光検出器の較正が可能であることを確認する。 赤外発光検出には近赤外光電子増倍管モジュールを用いる。光増感で生じる一重項酸素の濃度は励起光強度により容易に変えられるため,種々の濃度でEPR と赤外発光強度を同時測定し,赤外発光検出器の較正を行う。較正された赤外発光検出器を二次標準とすることにより,携帯性,簡便性,経済性の面で困難なEPR 測定が行えない環境においても,絶対濃度が決定可能となる。本研究で試作する装置の一重項酸素発生ユニットは,濃度が保証された「一重項酸素発生器(Singlet Oxygen Generator) 」の試作品とみなすことができる。 一重項酸素は全角運動量J = 2をもち磁場下では五つの副準位に分裂する。一方,三重項酸素はスピン角運動量S = 1 をもち三つの副準位に分裂する。各副準位からの放射遷移確率が異なる場合,EPR 遷移により放射遷移確率の大きい副準位の占有数が増加すると赤外発光強度が増加し,EPR 遷移を赤外発光強度の変化として検出される可能性がある。通常のEPR 測定装置は磁場変調を行うが,圧力が高くなるとEPR スペクトルの線幅が増大し信号強度が低下する。磁場変調幅は最大でも2 mT 程度と限界があり,高い酸素分圧下での測定を著しく困難にしている。発光検出法では磁場変調を用いないため,この問題点が克服されることが期待される。また放射遷移確率の増大により寿命が短くなると一重項酸素の定常濃度が減少するため磁場変調法では信号が弱くなるが,発光検出法では単位時間当たりのフォトン数が増加するため短寿命でも信号が観測可能となる特徴がある。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成24年度は研究成果発表のための学会出張旅費を科学研究費以外の財源から支出したことと,機器の故障に自己修理で対応したため,約14万円の残額(次年度使用額)が生じた。 次年度は,増感剤として使用する薬品類に20万円,石英製のセル等のガラス器具類に20万円,国内旅費に10万円,資料整理のための人件費・謝金に10万円,機器修理費用に10万円を使用する予定である。
|