2016 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
24681050
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
石井 弓 東京大学, 東洋文化研究所, 研究員 (50466819)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 記憶 / 日中戦争 / 対日協力 / 語り / コミュニティ / オーラルヒストリー / 歴史 / 集合的記憶 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、フィールド調査、論文執筆、研究会発表、そしてシンポジウムやワークショップへの参加を通して研究を進めてきた。フィールド調査では①雨乞いの現状、②廟会への参与観察、③雨乞い復活の歴史的プロセス、④雨乞いの起源神話である「趙氏孤児」の物語について聞き取りを行った。それらより、中国における信仰を巡るコミュニティの存在、それを維持する物語と記憶の役割、そして社会の末端を生きる農民たちが政府が禁じた信仰活動と如何にかかわってきたのかを探った。並行して「趙氏孤児」に関する明清期の資料を収集し歴史と語りの比較を行った。各詳細は以下の通りである。論文は成果欄を参照のこと。 ■フィールド調査 5月18-23日:山西省太原市にて資料収集及び山西大学の研究者との研究交流を行った。盂県農村部で、南社村周囲の村々で復活した大王廟会への参与観察、および上卜頭村での、社会主義時代の破除迷信運動や文化大革命での破壊を逃れて保存された大王像について聞き取りを行った。9月16-22日:前半は南社村、武家荘、上文村を訪れ、「趙氏孤児」の伝説と雨乞いに関する聞き取り調査、後半は北京へ移動し国家図書館にて、近現代書籍(蔵山、趙氏孤児及び雨乞い関連の研究書)、明清期の資料及び盂県誌趙氏孤児元曲の原本など)の閲覧とコピーを行った。地域の語り部から、口頭伝承されてきた「趙氏孤児」を聞き取ったこと、また、南社村で文革期に大王廟の取り壊しに参加した村人にインタビューを行ったことは大きな収穫となった。 ■研究会発表 愛知教育大学で開催された「戦争と社会主義のメモリースケープ研究会」では、社会主義の側面から本研究を見直したことで、ベトナム、ロシア、東欧、キューバとの比較による、戦争記憶研究の新しいパースペクティブを見出した。また、東京大学東洋文化研究所で開催された「学問の会」にて、本研究を題材に国内外の研究者と議論を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初計画していた上ボク頭と水嶺底での雨乞いコミュニティの調査に加え、南社村を中心とした地域にも雨乞いコミュニティが存在し、それが近年復活していることを新たに発見して詳しい聞き取り調査を行うことができた。雨の神である大王像は、戦後の政治運動によって全て破壊されたと考えられていたが、調査地域の2村では、文革期を通して村内で秘密裡に保管され、そうした大王像の存在が雨乞い復活を後押ししていたことが分かってきた。大王像移動による信仰のコミュニティ(=記憶のコミュニティ)が、想定された以上に広範囲に広がっていることを明らかにしたことは、当初予想していた以上の成果である。また、英語での論文執筆及び英文ジャーナルの編集を行ったことは、成果を広く普及させると共に、英語圏の研究を吸収しより広い視点に立って研究を推進する土台となったことも、想定以上の成果であった。しかしながら、昨年度中に第二子を妊娠し、論文執筆の面で遅れが出たため、全体的に見て、はおおむね順調に進展しているとした。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年度の第二子の妊娠により、研究推進期間を更に1年間延長することとなった。今年度は延長後の最後の1年となるため、これまでの調査結果から得られた論文を英語で執筆し、広く公表していく。また、今年度3月にはイギリスへ渡航し、本科研費をもとにした、国際共同研究を開始する。イギリスでの共同研究の実施により、本研究や調査で得られた中国農村の実態に対して如何なる角度で記憶及びコミュニティの分析を行うか、それを英語圏の学界に如何なる形で提示していくのか、本研究の国際的な位置づけを確認すると共に、方法論の刷新を行う。 これまでのフィールド調査によって、中国農村には社会主義時代の迷信打破運動に参加した人々と反対した人々が共存しており、近年の雨乞い復活について複雑な思いを抱いていることが明らかになってきた。社会主義時代の政治運動の歴史を振り返る意味でも、雨乞いの「復活」の側面ばかりでなく、その背後にある歴史やコミュニティ内の関係性について、インタビューを行っていく必要が見出されている。また、物語が記憶やコミュニティを維持するという実態も見出されてきた。雨乞いの起源神話である「趙氏孤児」は、歴史や歌いものとして知られるが、各村では各々の村と関連した「趙氏孤児」の物語が口頭で伝えられており、それを聞き取ることで物語から歴史と記憶を論じることが期待される。これらを今後の調査課題のひとつとしていく。 資料収集においては、歴代の盂縣誌(1522年、1702年発刊)の収集によって、盂県農村調査で聞き取られる「趙氏孤児」の語りの一部が、明代(1522年)に「歴史」として文字資料に残されたもので、清代(1702年)より文字資料から脱落して伝説として語られ始めたことが分かってきた。今後これらの資料からは、歴史と記憶の絡み合いと分岐のプロセスを見出す研究を継続していく。
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