2013 Fiscal Year Research-status Report
聴覚的補完の神経機構:齧歯目動物をモデルとした研究
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24700151
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
小林 耕太 同志社大学, 生命医科学部, 准教授 (40512736)
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Keywords | コミュニケーション / 聴覚的補完 / 聴覚皮質 / 齧歯目 / 聴覚情景分析 |
Research Abstract |
本研究計画の目的は聴覚的補完の神経メカニズムを明らかにすることである。聴覚的補完とは、音声を聞いている時に短い雑音により音の一部がかき消された場合にも音声が続いているように錯覚する現象である。ヒトの心理実験では、信号音(音声や純音)の一部に短い無音区間を設け、その部分に雑音を挿入すると、信号音が連続しているように知覚される。この補完現象は、挿入する雑音が信号音を妨害できる場合にのみ観察される。即ち雑音の音圧が低い場合や、無音区間と雑音が時間的に一致しない場合には、信号音が途中で途切れていると知覚される。雑音下でも会話ができるのは、この補完能力によるところが大きい。 本計画では単純な音響構造を持つ音(純音)およびコミュニケーション音声を補完する能力は齧歯目動物も持つと仮定し、それを証明するとともに、補完能力を支える生理機構の解明を目指す。その成果は、聴覚障害の新たな治療法の確立や、音声認識アルゴリズムの改良につながる聴覚に関する基礎的な知見を与えてくれるだろう。 当該年度は、昨年の研究で判明したスナネズミにおいて、聴覚的補完が起きる音刺激を用い、聴覚的補完に相関する生理指標を記録すること目指した。実験としてスナネズミを被験体とし蝸牛正円窓付近に電極を留置した。連続音および連続音中にノイズを挿入した音を再生した際の、蝸牛マイクロフォン電位(CM)および複合活動電位の記録を行った。蝸牛マイクロフォン電位は、蝸牛基底膜の振動の電気的コピーと考えられており、CMにおいて補完に対応する信号が記録できた場合には、蝸牛基底膜で補完が行われていることを示唆する。結果、行動実験において補完が起きることが判明している音刺激に対してもCM応答(および複合活動電位)において補完を示唆する応答を記録することはできなかった。これは聴覚的補完が聴覚伝導路において蝸牛より高次の部位で起きることを示唆する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画の目的は、聴覚的補完の神経メカニズムを明らかにすることである。計画は以下の2つにより構成される。 ①行動実験において単純な音響構造を持つ音(純音)およびコミュニケーション音声を補完する能力を齧歯目動物が持つことを示す。 ②実験1の結果に基づき補完能力を支える生理機構を解明する。 実験1については初期の予定より順調に進んでおり、昨年までの実験の成果により、行動データの一部を、読付論文として学会誌(米音響学会)に “Behavioral evidence for auditory induction in a species of rodent: Mongolian gerbil (J. Acoust. Soc. Am. 132: 4063-8)”として発表・掲載済みである。しかし実験1の行動実験についてはコミュニケーション音声を補完する能力については純音との比較が未だ完了しておらず、来年度以降も引き続き実験を行う。行動実験については訓練に時間を要するため、効率よく訓練可能な方法を今後開発する必要がある。実験2について本年度は上述の論文発表を行ったデータに基づき聴覚末梢レベルで補完がどれだけ起きるかについて検証した。蝸牛基底膜の振動を蝸牛マイクロフォン電位により記録した結果、聴覚末梢レベルで補完が起きる可能性は否定された(18th Auditory Research Forumにおいて学会発表済み)。これは来年度以降、聴覚皮質等の聴覚中枢で補完が起きる仕組みを検討していく基盤となる。 実験1については比較的順調に進み既に論文掲載まで完了したが、実験2については聴覚中枢レベルでの検討が進んでいない状況であり、全体としては、おおむね順調であると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究計画の目的は聴覚的補完の生理機構を明らかにすることである。特に齧歯目動物をモデルとしヒトでは研究解明が困難な神経メカニズムを明らかにすることを目指す。昨年度までの研究により、単純な音(純音)を補完する能力が齧歯目動物にもあることが初めて明らかになった(論文発表済み)が、コミュニケーション音声の補完および、聴覚的補完の責任部位の特定が完成していない。これについては、オペラント行動訓練よりも効率良く動物より行動応答を記録することが可能な新規物体探索課題を聴覚に応用した行動実験を神経の抑制(Muscimolの投与)と合わせることで実行する予定である。補完能力を支配する脳部位の同定と合わせて、補完が神経活動レベルでどのように起きているかについて、電気生理学的に明らかにする。その成果は、聴覚障害の新たな治療法の確立や、音声認識アルゴリズムの改良につながる聴覚に関する基礎的な知見を与えてくれるだろう。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
実験計画のうち多くの経費が必要となる、生理実験の進展が計画より遅れているため、次年度使用額が発生した。 実験計画では最初に予算を殆ど必要としない、行動実験を実施し、後にその成果に基いて生理実験をおこなう予定であった。 生理実験の遅れの主な原因は、行動実験の完成が遅れている点に挙げられる。本年度の研究により幸い行動実験の大部分は完了し、その成果については、既に査読付き英文誌に2本の論文を掲載済みである。 本年度の成果に基づき、生理実験を遂行する計画である。生理実験では、特に大きな部分を占めるのは試薬(Muscimol、AMPA等の神経拮抗薬や作動薬)の購入費用である。これらを購入するとともに、目的となる聴覚的補完の神経部位の同定および神経回路の仕組みの解明を目指す。
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