2014 Fiscal Year Research-status Report
聴覚的補完の神経機構:齧歯目動物をモデルとした研究
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24700151
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
小林 耕太 同志社大学, 生命医科学部, 准教授 (40512736)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 知覚的補完 / 聴覚的補完 / げっ歯類 / スナネズミ / 劣化雑音音声 / コミュニケーション音声 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究計画は、聴覚的補完の神経メカニズムを明らかにすることを目的としている。聴覚的補完とは、連続する音(言葉や音楽)の途中に短いノイズが鳴り、音の一部がかき消された場合にも音が続いているように錯覚する現象である。現在までヒトを対象とした心理実験が最も盛んに行われており、信号音の一部に短い無音区間を設け、その部分に雑音を挿入すると、削除した信号音が連続しているように知覚されることが示されてきた。この補完現象は、挿入する雑音の音圧が低い場合や、無音区間と雑音が時間的に一致しない場合には、観察されない。即ち、挿入するノイズが信号音を妨害できる条件を満たす場合にのみ情報の修復(=補完)が観察される。 当該年度は、昨年に引き続き、聴覚的補完が起きる音刺激を用い、聴覚的補完に相関する生理指標を記録すること目指した。実験としてスナネズミを被験体とし蝸牛正円窓付近に電極を留置した。連続音および連続音中にノイズを挿入した音を再生した際の、蝸牛マイクロフォン電位(CM)および複合活動電位の記録を行った。結果、行動実験において補完が起きることが判明している音刺激に対してもCM応答(および複合活動電位)において補完を示唆する応答を記録することはできなかった。さらに、この結果がヒトにも適応可能であるか検討するため、音声とノイズのキメラ音を刺激として実験をおこなった。被験者がキメラ刺激を音声と知覚した場合と、ノイズと知覚した場合で、補完の起きる程度を比較すると、音声と知覚すると補完がより顕著に起きることが分かった。これらの結果は聴覚的補完が聴覚伝導路において蝸牛より高次の部位で起きること、また補完には大脳皮質レベルの処理が関与することを示唆する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画の目的は、聴覚的補完の生理メカニズムを神経回路レベルで明らかにすることである。被験体としては生理実験が可能なスナネズミを用いる。実験計画は以下の2つにより構成される。 ①行動実験によって単純な音響構造を持つ音(純音)およびコミュニケーション音声を補完する能力を齧歯目動物が持つことを示す。 ②実験1の結果に基づき補完能力を支える生理機構を解明する。 実験1については順調に進んでいる。昨年までにオペラント行動実験をおこない、実験の成果の一部を、読付論文として学会誌(米音響学会)に “Behavioral evidence for auditory induction in a species of rodent: Mongolian gerbil (J. Acoust. Soc. Am. 132: 4063-8)”として発表・掲載済みである。その成果により、単純な音響構造を持つ音(純音)については齧歯目動物(スナネズミ)でも補完して聴取していることがわかった。これは、霊長類を除き、哺乳類で行動的に知覚的補完が起きることを初めて証明した。しかし行動実験についてはコミュニケーション音声を補完する能力と、純音との比較が未だ完了しておらず、来年度以降も引き続き実験を行う。行動実験については訓練に時間を要するため、動物が新規刺激に対して自然に起こす行動を利用した(訓練が不要な)実験方法を検討した。実験2については、昨年度に引き続き上述の論文発表を行ったデータに基づき聴覚末梢レベルで補完がどれだけ起きるかについて検証した。蝸牛基底膜の振動を蝸牛マイクロフォン電位により記録した結果、聴覚末梢レベルで補完が起きる可能性は否定された。実験1については比較的順調に進行しており、実験2については聴覚中枢レベルでの検討が進んでいない状況である。全体としては、おおむね順調と評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は以下の3つの実験を実施する計画である。 実験1:聴覚的補完を担う脳部位の決定(新規刺激探索行動を利用した心理実験を実施) 実験2:聴覚的補完に相関する神経活動の記録 実験3:げっ歯類で分かった知見をヒトにおいて検証する 実験1では、聴覚的補完を担う脳部位を、新規刺激探索行動を利用した心理実験を用いて、決定する予定である。具体的にはげっ歯類が、新たに知覚した刺激に自然と接近する行動(新規刺激探索課題)を利用する。これは学習を必要としない行動であり、現在まで、視覚的刺激を対象として多くの知見が得られている。この実験パラダイムを聴覚刺激に拡張するとともに、局所的に神経部位の活動を抑制する手法(局所薬理投与)と組み合わせることで、聴覚的補完を担う脳部位を同定する計画である。実験2では、聴覚的補完に相関する神経活動の記録を行い、補完の神経機構を検討する。実験1で明らかになる部位(A1およびAAFが有力な候補)において、聴覚的補完を引き起こす刺激と、そうでない刺激を再生した際の聴覚応答を記録する。刺激が途切れた場合でも挿入するノイズが知覚的補完の条件を満たす場合に限り、聴覚応答が持続する神経が発見されれば、その細胞こそ知覚的補完を担う神経ネットワークの正体だと考えられる。実験3では、げっ歯類で得られる知見についてヒトに適応可能か、を検討する。単純刺激(純音等)と、複雑な刺激(言語、コミュニケーション音声)における補完が起きる音響的な条件や、補完の起きる程度の違いについてヒトとげっ歯類で共通しているかを中心に検討する。ヒトでは主として心理学的な手法を用いる予定である。可能な場合にはfMRIを用い脳部位の検討を行う。
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Causes of Carryover |
当初の予算計画では、生理実験のための被験体動物(スナネズミ)の購入費および、生理実験用電極の購入費を一定部分想定していた。スナネズミは単価(1匹)5千円程度を購入に要するが、これについては、研究室の飼育施設でのスナネズミの繁殖が可能になり、購入する個体数が大幅に減少した。また、電極についてはエルジロイ(合金)ワイヤーを材料として、細胞外電極を自作する技術開発に成功し、材料費のみで電極を確保することが可能になった。上述した理由により未使用額が発生した。また、本年度は薬理学操作実験を行わなかったため、その費用として想定していた神経作動薬および拮抗薬(muscimol, bicuculline CNQX, AMPA, NMDA)などの購入を行わなかった。これらの薬品も単価が数万円するため、全体では一定程度の未使用額が生じる理由となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
生理実験ついては上述の実験材料(被験体および記録用電極)以外にも試薬および神経作動薬・拮抗薬(muscimol, bicuculline CNQX, AMPA, NMDA)、飼育用の費用(飼料代金、飼育補助)を必要としており、未使用額を使用する予定である。また、助成金によって得られた研究成果について発表するため、論文校正費および論文投稿料として使用する計画である。特に広く一般に成果を伝えるためオープンジャーナルに投稿することを計画しており、これに10-20万円程度の掲載料を想定している。さらにヒトを対象とした実験を追加する計画を立てており、被験者への謝礼金およびfMRIの使用料金として使用する計画である。
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