2012 Fiscal Year Research-status Report
楽譜制作と資料整備にひそむナショナリズム:西洋音楽史学再考
Project/Area Number |
24720058
|
Research Institution | Hirosaki University |
Principal Investigator |
朝山 奈津子 弘前大学, 教育学部, 講師 (30535505)
|
Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
Keywords | 西洋音楽史 |
Research Abstract |
本年度は英国の楽譜叢書刊行事業の調査に重点をおいた。調査手法は研究計画書のとおり、楽譜に付された序文から、収載作品の歴史的意義や特に「大英帝国の」音楽としての価値について述べた部分を収集した。なお、この調査の目的は、英国の音楽史に見られるナショナリズムを観察すると同時に、ドイツ語圏の3つのシリーズとどのように共通・相違する傾向が見られるか、比較対象とすることにあった。 調査開始時の仮説では、大英帝国には複数の民族意識が見られると考えていた。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの関係は必ずしも良好ではなく、歴史上、たびたび紛争を繰り返している。ドイツ語圏では、プロイセン、バイエルン、オーストリア、あるいはさらに小さな領邦の関係が第二次世界大戦後の音楽史叢書にさえ反映されたのだったが、英国では、まったく事情が異なることが判った。 Musica Britannica が扱うのは主としてイングランドの音楽であり、アイルランドやスコットランド、ウェールズなどに敵対的な論調はまったく感じられない。いっぽうで、英国で活躍した外国人や外国で活躍した英国人にはほとんど関心が向けられていないことも判明した。 また、英国はしばしば、パーセル以降はブリテンまで作曲家を輩出していない、と言われてきた。調査開始時の仮説では、大陸の音楽や作曲家に匹敵する大英帝国の音楽を打ち立てることが、Musica Britannica の目的の一つと考えていた。しかし実際の調査を通じては、そのような意図もほとんど読み取れなかった。 今年度の調査によって、英国の国家的楽譜叢書刊行事業は、ドイツの場合とは異なる目的と傾向を示すことが明らかとなった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初、夏期に長期の調査を行う予定であったが、体調不良のため春期に延期した。しかしそのために、調査期間が当初予定よりも10日程度短くなった。また春期の調査が、調査地の図書館の一時的な閉鎖期間と重なったことも、遅れの原因となった。
|
Strategy for Future Research Activity |
次年度は、当初予定のチェコの楽譜叢書刊行事業 Musica antiqua Bohemica (第1シリーズ1934-1999、第2シリーズ1966-) に加えて、新たにスペインの Monumentos de la musica espanola(1941-)を視野に入れる。また、オランダのシリーズ Monumenta musica neerlandica (1959-)についても概観する予定である。 調査方法は英国の場合と同様、収載作品の選曲傾向と楽譜序文の記述内容を対象とする。 仮説として、チェコの対ドイツ意識、オランダの対ベルギー、フランス、ドイツ意識、またスペインには、国内の各地域の民族意識と統一されたスペインとしてのナショナリズムが各楽譜叢書の刊行に影響を与えていると考える。 前年度の英国のように、こうした仮説が成り立たなかった場合には、ドイツにおける楽譜叢書刊行の特殊性がますますはっきりと浮き彫りになると予想される。
|
Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
春期の調査旅行が航空便の関係で年度をまたいでの期間となったため、旅費の一部を次年度研究費として計上した。次年度使用分は実質、調査旅行費用としてほぼ全額を使用した。
|