2012 Fiscal Year Research-status Report
戦場の〈肉弾〉―日露戦争を中心とした近代日本における戦死表象の研究
Project/Area Number |
24720078
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
向後 恵里子 早稲田大学, 文学学術院, 助教 (80454015)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 表象文化史 / 視覚文化史 / 戦争と文化 / 戦死表象 / 肉弾 / 日露戦争 |
Research Abstract |
本研究は、近代日本における戦死の表象について、とくに〈肉弾〉という観点に注目し、視覚表現と言説との双方を対象とした資料調査をもとに、実証的に考察するものである。具体的には、〈肉弾〉という言葉の生まれた日露戦争期を中心に、戊辰戦争から太平洋戦争までの戦死描写と比較するとともに、当時描かれた歴史上および海外の戦争における戦死の表象を考察の範囲とした調査分析が研究の主要な方向性である。 2012年度においては、一次資料の収集と分析を重視し、応募者のこれまでの戦争についての視覚表象研究の蓄積をいかしながら、日露戦争期を中心とした調査とデータ採集、資料の考察に重点を置いて研究をすすめた。具体的には、新聞、雑誌、書籍等複製メディア、また桜井忠温著『肉弾』の多様な版における戦死表象を中心に、について、調査を行った。その成果は、7月に「肉弾 ―日露戦争における戦死の表象」と題して、戦争のメモリー・スケープ研究会(北海道大学)において発表した。 本研究の最終的な目標は、血と肉とを華々しく散らして死ぬ将兵の身体の表象が、従軍する軍人のセルフイメージのみならず、銃後の人々の精神的動員に果たした意義をとらえ、近代における戦争と表象の関係性を、死と身体をめぐる政治の美学的側面から探る点にある。こうした目標にむけて、戦時下の身体をめぐる思想を重視して考察を深めた。この考察は、13年度に口頭発表を行い、論文として報告する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の対象である、戦死表象の大衆的な資料の多くは散逸し、限られた復刻を除いては整備されておらず、存在そのものも等閑視されがちであるが現状である。そのため2012年度においては、先述の通り一次資料の収集と調査・分析を中心として研究を進めた。とくに、定期刊行物・書籍資料について、各地の図書館等を中心に調査を行ったほか、古書市場にて直接資料を収集した。 具体的には、主要新聞(『東京朝日新聞』『大阪毎日新聞』『読売新聞』『萬朝報』『都新聞』『東京日日新聞』『時 事新報』『中央新聞』等)を閲覧し、戦死についての記事を採集するほか、戦争雑誌(『日清戦争実記』等実記、『日露戦争写真画報』『軍国画報』等画報雑誌)や、『太陽』『風俗画報』等一般誌、『文藝倶楽部』『新小説』等文芸誌、『絵画叢誌』『美術新報』『写真月報』等美術誌・写真誌等を参照した。また、桜井忠温『肉弾』の各版をはじめ、田山花袋『第二軍従征日記』、 志賀重昴『大役小志』、 森鴎外『うた日記』等、従軍した人々によるもの、各師団等の記録、『明治三十七八年戦役忠勇美譚』など戦死美談の書籍を概観した。 また日清戦争において戦死した英雄である木口小平・白神源次郎については、郷里岡山へ出張し、その記念碑等の現状を調査することができた。 こうした調査の成果は、7月に「肉弾 ―日露戦争における戦死の表象」と題して、戦争のメモリー・スケープ研究会(北海道大学)において口頭発表を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
7月に行った口頭発表と、その後の調査の進展から、日露戦争当時の〈肉弾〉表象を探ってゆくと、その描写に通底する言説として死力を尽してたたかう精神・姿勢を重んじる「武士の戦い」と、身体を容易に破砕し得る近代的軍隊運動およびエネルギーのあらわれである「近代兵器の戦い」が想定されることがはっきりとしてきた。〈肉弾〉は、それぞれの語りの交点として考えることが可能である。今年度は、こうした知見をもとに、より調査の範囲と分析の精度を増し、比較検討を行ってゆく。その際、(ア)近代における戦死表象、(イ)歴史上の戦死表象、(ウ)海外の戦死表象の 3 つの方向性に基づいて比較を行う。これは比較を目的とするため、悉皆調査を目指す物ではないが、基本的には12年度の日露戦争調査と同様に一次資料を重視して参照する。さらに、戦死した兵士である軍神・英霊を祀った神社、記念館等への調査を予定している。 また、本研究の最終的な目標は、血と肉とを華々しく散らして死ぬ将兵の身体の表象が、従軍する軍人のセルフイメージのみならず、銃後の人々の精神的動員に果たした意義をとらえ、近代における戦争と表象の関係性を、死と身体をめぐる政治の美学的側面から探る点にある。こうした目標にむけて、戦時下の身体をめぐる思想を重視して考察を深め、13年度に口頭発表を行い、論文として報告する予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
13年度は、引き続き作品・資料調査を続けながら、初年度の補遺を補うとともに、他の戦争の戦死表象を調査しつつ考察を進め、完成年度として成果をまとめる。研究費は、主に次の4点に配分される。 (1) 資料の複写・購入 / さきに述べた(ア)近代、(イ)歴史上、(ウ)海外のそれぞれの戦死表象との比較を行うため、資料を複写・購入して収集する。 (2) 軍神・英霊関係施設・展示の現地調査 / 広瀬武夫ら、軍神・英霊を祀る神社や記念館等に赴き、記念碑や展示、図書資料等を調査する。現在のところ、広島県呉市の大和ミュージアムにおける「海戦記録画」展、京都霊山護国神社、九州の広瀬神社へ出張する予定である。そのほか、調査の進展や関連展覧会の開催に従い、適宜調査地を増やしてゆく。昨年度からの引き継いだ研究費については、主にこの目的に用いる。 (3) 考察を深めるのための二次文献 / 戦死表象分析のための視野を広げ、比較を通じて考察を深めてゆくために、積極的に二次文献の複写・購入を行う。 (4) 口頭発表、論文投稿のための費用 / 口頭発表・論文投稿のため、研究費を用いる。
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