2012 Fiscal Year Research-status Report
視覚芸術におけるトラウマと心理ケア――芸術と臨床の連携に向けた歴史研究と理論構築
Project/Area Number |
24720084
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Research Category |
Grant-in-Aid for Young Scientists (B)
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Research Institution | Konan University |
Principal Investigator |
石谷 治寛 甲南大学, 人間科学研究所, 博士研究員 (70411311)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | パリ / リヨン / ジュネーヴ / シカゴ |
Research Abstract |
アートとトラウマ・ケアの歴史と理論をまとめるために、基本的な資料と関連する芸術家を扱った資料の収集を行った。あわせて、ヨーロッパで行われている展覧会やアート・フェスティバルの視察を通して、トラウマとアートの歴史と現在に関する知見を得ることができた。その研究をもとに、アートセラピーの再考を主題にした論集(『アートセラピー再考――芸術学と臨床の現場から』平凡社刊)に拙論「セラピストとしての芸術家――リジア・クラークと移行対象」と、アートセラピーをめぐる年表を執筆した。この論考では1970年代にフランスに亡命していたブラジル人アーティストの考察を通して、アートセラピーの制度化の黎明期におけるアートとセラピーという課題がもっていた意義を歴史的に考察した。とりわけ、精神分析の対象関係論のフランスでの広がりを通して、アートセラピーの歴史にこれまでにない視点からの考察を加えることができた。 また、臨床心理学におけるライフヒストリーやナラティヴ・アプローチによるトラウマ・ケアの調査も進めている。NYのナラティヴ・メディスンにも関わっている小説家の調査を行い、文章作成とセラピーの関わりを書評としてまとめた。 さらに、2011年の東日本大震災の被災地で参加型アートをもちいて心のケアに取り組んでいるアート・コーディネーターの方とともに日本でのトラウマ・ケアとアートやナラティヴをめぐる研究会を行った。ナラティヴを使ったセラピーやトラウマの支援を考えるとき、個人の治癒という観点だけでなく、より親しい家族や小集団に語りの経験が受けいられることや、社会的に記憶が媒介(メディエーション)されることの重要性が見い出された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アートセラピーの歴史に関する年表を整理することによってアートとセラピーの歴史の全体像を把握することができた。ただし、19世紀から1980年代までの大まかな流れについては確認できたが、療法の多様化やエビデンス研究が進んできた近年20年の傾向の歴史的経緯や理論の広がりについては、いっそうの調査が必要である。 上記のアートセラピーの展開を念頭に、並行する時代に広がっていったアートやメディアや文学を論じたトラウマ文化に関する主要な研究書の収集を行った。主にトラウマを主題にした哲学や視覚文化研究あるいは、記憶文化論や記念碑に関する著作である。研究計画の時点で想定したように1990年代のホロコースト研究の成果が、多文化主義の課題へとシフトしていることが、収集した資料の主題の傾向を通して確認できた。これらのトラウマ文化研究の成果を現代のアート・ヒストリーの流れに即して考察を深める必要があるが、それは今後の課題となる。 また、震災におけるトラウマのナラティヴを通したケアという観点を考察するために、阪神淡路大震災や東日本大震災におけるアート活動を通した多様な支援活動に関する資料収集を行うこともできた。その内容は当初想定していた以上に大きな広がりや多様性があるため、まだ十分に把握しきれていないが、災害トラウマとアートという観点に関する研究の土台を築くことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
アートとトラウマ・ケアの歴史と理論の研究のための全体的なパースペクティヴは整いつつあるので、今後は研究資料の整理と理論的な練り上げに重点を置きながら、個別的な事例に関する研究を進めていく。まずはトラウマが近年問題とされるようになった歴史と理論に関する論考をまとめ、国内の学会で発表する機会をもつ。あわせて近年の幼児心理学で重要視されている遊びや生気情動や自己感に注目する発達心理学の概念を通して、トラウマや愛着理論の現在や、発達心理学や神経科学における芸術のもつ意味に関する理論的考察を行う。 また、個別の芸術史と臨床心理学史の研究を海外調査を通して行う予定である。ヨーロッパの現代アートと芸術療法の歴史について、フランスの歴史的・理論的な展開を中心に調査を進める。フランスでは、ロゼールのサン=タルバン病院がサイコドラマを導入 し精神療法の拠点となった。リヨンやグルノーブルでは芸術療法の教育が進み、病院付属博物館も充実している。大戦期に精神医学・心理学的支援の取り組みが展開した南仏やスイスを中心に調査を行う。さらに、2014年の2月には、シカゴでCAA(Collage art association)の会合が行われるのにあわせて、北米の大学や美術館を中心にアートとセラピーの展開についての調査を行う。北米では、退役軍人のPTSDを対処するアートセラピーを中心に、彼らの支援活動だけでなく、制作された作品の保存・収集なども積極的に行われている。その調査を通して、現在のアートとトラウマ・ケアをめぐる医療、美術館、NPO、大学といった関連機関の連携のあり方についての知見を深めていく。その結果は翌年度以降に論考としてまとめ発表を行っていく。そして、これまでの調査や論考をまとめて、一冊の本とするための見通しをたてる。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
該当なし
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