2013 Fiscal Year Research-status Report
視覚芸術におけるトラウマと心理ケア――芸術と臨床の連携に向けた歴史研究と理論構築
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24720084
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Research Institution | Konan University |
Principal Investigator |
石谷 治寛 甲南大学, 人間科学研究所, 博士研究員 (70411311)
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Keywords | 戦争神経症 / トラウマ / 地中海 / セラピストとしての芸術家 / 心理劇 / 参加芸術 / インスタレーション・アート |
Research Abstract |
昨年度は、現代アートとトラウマや癒やしをテーマとして現代芸術祭『ドクメンタ13』の調査などを行った。その成果をも参考にしながら、参加型アートプロジェクトとして、療養所を一時開設したり、武装解除のための園芸療法などを行っているペドロ・レイエスの2000年代の活躍に関する論考を発表した。レイエスは自分の創作活動と心理劇やゲシュタルト療法との関連を述べており、フロイトに由来する精神分析学には頼らない、アートと心理療法のつながりを明らかにした。それによって、セラピーと参加芸術、医療福祉と現代アート、心理劇やメディエーションといった主題をまとめることができた。 あわせて、本年度は、マルセイユを中心に現地滞在を行い、地中海地域における戦争や移民をめぐるトラウマと芸術表現について調査した。特に2013年に開設された地中海文明博物館を中心として行われたマルセイユ-プロヴァンスの文化イベントの実地調査によって、地中海地域の移民と芸術史の関わりに重点を置いた近年のフランス芸術界の動向に関して、きわめて充実した知見を得ることができた。その知見をもとに、地中海地域を軸としたトラウマ文化の様態について、戦中戦後の芸術史を再考するためのパースペクティヴを構築するための基盤固めを行うことができた。 さらに、1930-40年代のシュルレアリスムが展開する時代における戦争神経症に関する考察のための文献収集を各地の大学図書館などによって大きく進展させていると同時に、1970年代のアメリカにおけるトラウマ文化の興隆をめぐる二次資料の収集に取り掛かっている。 また、ウェブマガジンや雑誌の原稿依頼を通して、バルテュスやケントリッジなど個々のアーティストの創作に潜むトラウマ文化という観点を深めつつ、一般に広く提示する試みをはじめている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度には、ここ数年来考察を進めてきた「セラピストとしての芸術家」という主題をまとめることができた。芸術・パフォーマンスと1960年代の対象関係論、1990年代の制度化されたアーツセラピー、2000年代のセラピューティックな参加芸術という変化は、現代アーティストによるセラピーやメディエーションに対する関心をめぐって、これまで十分に整理されてこなかった、きわめて重要な芸術史的視座をもたらすはずである。 さらに、とりわけ地中海文明博物館のコレクションや展示企画、また「ユリシーズ」と題された越境をテーマにした一連の現代アートの展示、あるいは、アルル写真祭やZKMでの地中海地域での女性アーティストに焦点を当てた企画展示や、イスタンブール・ビエンナーレや近代美術館の調査は、これまでも考察を行ってきた北アフリカとヨーロッパの交流やそのトラウマを主題としている芸術家を、もっと広い歴史的視座で捉え直すことを可能にした。確かにこれまで想定していた以上の研究の膨大な広がりが予想されることになるが、先に述べた「セラピストとしての芸術家」という観点を整理する作業が一段落ついたため、セラピーを必ずしもともわないが、歴史的トラウマを表現する作家について、現代のアート界での展示や博物館の課題や世界芸術史の見直しに即して考えることが可能になるはずである。特に第二次世界大戦前後の時代の芸術とトラウマやその批評との関わりを、現代的視点から考察し直すための着想をさまざまな場所で得ることができた。それは日本でも、戦後を主題として活躍した一連の芸術家を見直す展覧会が一挙に行われたこととも無縁でないように思われる。あわせて、稲賀やポロックのように、世界美術史の視座を踏まえた大著が出版された。これら重要な研究動向の機運を踏まえながら、これまでの研究を整理して、まとめる作業に入る。
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Strategy for Future Research Activity |
現在、トラウマをキータームとして用いて、1990年代以降の芸術批評の整理を行っており、またあわせて、現代の臨床心理学や関係性神経生物学やそれを応用したトラウマに対する芸術療法の新潮流についての知見についての理解と考察を進めている。本年度では、これまで広げてきた関心にひとつの見通しをつくるための、芸術批評と臨床心理学の文献整理に基づく論考を書きためていき、研究会や学会、ウェブサイトなどで随時発表を行っていく。 こうした現代の視座を整理したうえで、特に1920年代から1970年代までの、戦争神経症からPTSDの定式化がなされるまでの時期のトラウマ問題と芸術を再考するために、収集した資料の整理に基づいて作家研究を進めながら行う。さらに、帰還兵がセラピーの過程で制作した作品の考察も行い、第一次世界大戦からヴェトナム戦争の時代まで、芸術史とトラウマに関する表現と思想の変容をまとめ、一貫したパースペクティヴのもとに論じる。上記のテーマに沿って、本年度は原稿執筆とその発表に専念することを目指し、必要性を見極めたうえで、資料収集や作品調査のための海外出張を行う予定である。 引き続き、Realkyotoを含めた雑誌やウェブなどの媒体に、研究に付随して得た考察や、調査の一部を公表することを続け、これまでウィリアム・ケントリッジ、高谷史郎などのアーティストについて短文として発表した内容に関しても、視覚メディアをめぐる記憶とトラウマというテーマに沿って膨らませたうえで、必要に応じて論文として発表していくことを目指す。この主題に関して書き続けた論考は、書籍にするだけのボリュームが既にあるので、夏頃までに、上記の論考を加えて、全体的に手直しをしたうえで出版を目指すための努力を行う。
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