2013 Fiscal Year Research-status Report
福地桜痴を中心とした幕末明治の文芸に関する総合的研究
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24720119
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Research Institution | National Institute of Japanese Literature |
Principal Investigator |
丹羽 みさと 国文学研究資料館, 研究部, 研究員 (90581439)
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Keywords | 福地桜痴 / 福知苟庵 / 幕末明治の文芸 / 知的ネットワーク / 長崎の文化 |
Research Abstract |
本研究は、政治・文芸・ジャーナリズムの他領域にわたって活躍した福地桜痴の知的活動の全体像の解明を目標としている。本年度は、前年度に成果を基盤にしながら、新出資料を用い、桜痴の父、福地苟庵の学問が桜痴に与えた影響について検討を行った(1)。また、桜痴の交遊圏の実態を解明するために、資料調査を行った(2)。加えて、桜痴が同時代あるいは後代に及ぼした影響について分析を行った。 1)新出資料『イ記』『混沌篇』の検討:前年度までは苟庵の言述を桜痴が筆録した『耳食録』(日本近代文学館蔵)、『続イ記』(東北大学狩野文庫蔵)を調査・分析してきた。本年度は、従来存在が知られなかった新出資料『イ記』『混沌篇』を購入し(国文学研究資料館に収蔵)、その検討を進めた。これによって、苟庵を通じて桜痴が得た海外情報について、その詳細が明らかになった。 2)桜痴の交遊の具体相の解明:西尾市岩瀬文庫所蔵の『地誌提要附図大日本全図彫刻記』を調査した。本書は桜痴と条野採菊(山々亭有人)の署名を有する。桜痴と採菊は、幕末から交遊があり、明治七年、採菊は東京日日新聞社に桜痴を招聘している。明治十二年に作成された本書は、東京日日新聞時代の業績の一つであり、東京日日新聞社と内務省とのやりとりの記録を含む。また、桜痴の序文を含む刊本のほか、これまで看過されてきた写本類などにも目を配り、浅草公園内に建碑されている桜痴の碑文及び日本近代文学館所蔵の建碑の経緯に関する調査なども行った。 3)桜痴の後代への影響の考察:桜痴の作品が後世に与えた影響として、『昆太利物語』を取り上げた。北村透谷の座右の書であった本書は、銭形平次の作で知られる野村胡堂をも夢中にさせており、桜痴を含む野村胡堂の教養体系について、江戸川乱歩との書簡のやり取りを手がかりに分析した(研究成果「江戸川乱歩・野村胡堂往復書簡―黒岩涙香本をめぐって―」)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
長崎の文化的風土と桜痴の関連の検討は、本研究の重要な柱となっている。この問題については、新出資料『イ記』『混沌篇』の発見などによって研究の進展があった。『イ記』には、苟庵の思想が窺える記述があり、桜痴が父から受けた思想的影響について、新たな知見が得られた。既に存在が確認されていた『続イ記』(東北大学狩野文庫蔵)ですら、桜痴研究において十分に活用されてこなかった。『イ記』の発見は、このような研究状況に一石を投ずるものといえる。 また、桜痴の交遊圏についても、資料調査によってその具体的様相がより明らかになった。東京日日新聞時代の交遊に加え、父、苟庵をとりまく長崎の教養人ネットワークと桜痴の関係についても山田梅村『吾愛吾廬詩』(西尾市岩瀬文庫蔵)と桜痴『星泓詩草』を対照することで、新たな事実が分かった。 桜痴の作品が、近代日本文学に与えた影響の解明も、本研究の重要な目標となっている。これについては、坪内逍遙と山崎紫紅について考察することで、従来注目されていなかった一面を明らかにすることができた。坪内逍遙の随筆からは、桜痴作品の、特に史劇に関する見解など、興味深い論点が浮かび上がってきた。 以上のように、着実な資料調査を行うことで、桜痴の知的活動について、新たな展望を開くことができたが、その研究成果は、部分的にしか公表できなかった。そのため上記のような評価とした。
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Strategy for Future Research Activity |
第一に、桜痴著作の発掘・調査を次年度も継続する。第一年次・第二年次の調査によって、桜痴の著作群の全体像について、かなりの見通しが利くようになってきた。これまでの研究で蓄積された知見を踏まえながら、日本近代文学館などの機関に所蔵された資料を調査することで、桜痴の著作の目録化を進めたい。可能であれば、桜痴関連著作目録稿を次年度に公表したいと考えている。 第二に、桜痴と花柳文化圏の関連をより緻密に考察することで、桜痴が幕末明治期の文化状況においてどのような位置を占めていたのかを明らかにしたい。父苟庵が連なっていた長崎の教養人ネットワークとそれと連結する江戸の教養人ネットワークの中を遊泳していた桜痴が、いかにそこから離脱して、独自の文化的ネットワークを形成したかについて分析する。研究の糸口には、豪商の細木香以や九代目市川団十郎などをメンバーとしていた遊興サークル「馬十連」と桜痴の関わりを取り上げる計画である。 第三には、桜痴の教養体系や思想的特徴が彼の西洋文化の紹介にどのような傾向を与え、それが後代の読者にどのような影響を及ぼしたかを検討したい。これまでの桜痴研究において、資料の制約もあり、彼の渡欧経験の具体相は行き届いた考察が行われてきたとはいいがたい。日本近代文学館所蔵『仕途日記』や彼と同時期の渡欧した人々の証言を検討することで、桜痴の西洋文化観の形成過程を分析したい。また、今年度の研究において、桜痴の翻案作品である『昆太利物語』が明治期の若い読者に強烈な感銘を与えたことが明らかになった。本作の受容については研究も少ないため、その解明にも力を注ぎたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年11月に催された古典籍展観大入札会において、福地桜痴著『イ記』4冊、『混沌篇』1冊が出品された。本書は桜痴の幼年期に記された写本であり、これまでその存在すら認知されていなかった。特に『イ記』は桜痴の父親である福地苟庵から聞いた逸話や巷説、苟庵自身の思想などが記された資料であり、政治やマスメディアの世界で活躍した桜痴の、根本的な学問体系及び思考の方向性等を理解するために、有益な情報をもたらすものである。本年度分の予算は予定通り消化しており、上記新出資料を入手するために、次年度使用額が生じた。 次年度は以前の研究計画と同様に、刊行物や稿本類の調査を継続し、翻案物の検討を行う。ただし、『イ記』『続イ記』『混沌篇』に見られる福地家の文芸趣味に遡り、彼の海外文芸受容のあり方を検討する点に変更がある。苟庵は著名な儒者・文人などと交流しており、桜痴も若年の頃は、漢詩を多く作っている。このような漢詩文の教養と、江戸での交友で身につけた戯作趣味、そして西洋文学の新知識の錯綜の中で、桜痴の翻案物は理解すべきであると考える。このような見地から、桜痴の教養的な背景と交友関係に基づき、彼が関与した作品に見られる複層的な側面を分析する。新出資料と、前年度までの文人ネットワーク研究の複合によって、桜痴の翻案物研究に新機軸を打ち出すことを目指したい。
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Research Products
(1 results)