2012 Fiscal Year Research-status Report
中世エジプトのイスラーム寄進制度に見る黒死病(ペスト)の影響
Project/Area Number |
24720321
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Research Category |
Grant-in-Aid for Young Scientists (B)
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
五十嵐 大介 東京大学, 人文社会系研究科, 客員研究員 (20508907)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 東洋史 / 西アジア・イスラーム史 / 黒死病(ペスト) / 寄進 / マムルーク朝 / 慈善 / 中世 / エジプト |
Research Abstract |
ペストの流行という社会的背景のもとで、人々がイスラーム寄進(ワクフ)制度をどのような形で用いていたか、という問題意識から、具体的な事例を検討するべく、本年度は15世紀の有力官僚アブド・アルバースィトの寄進文書を解読し、他の年代記史料と比較検討した。その結果、彼がカイロ市外の墓地区に一族の墓廟を建設しワクフを設定した1430年は、ペストの大流行が見られた年で、かつ自身の嫡男をペストで喪っていたことが明らかになった。有力者の墓廟建築とそこでの慈善事業の実施は、15世紀エジプトで流行したが、そこにはペストの頻繁な流行とそれに伴う死生観の変化が関わっていることは想定されるものの、あくまで仮説の域に留まっていたと言える。墓廟の建設・ワクフ寄進の実施と、近親者の死が実際に重なっていたことを明らかにした今回の発見は、今後墓廟とワクフの発展の問題を人々の死生観やペストとの関わりの中から検証する上で重要な成果であるといえる。なおアブド・アルバースィトの寄進文書を用いた研究は、「後期マムルーク朝の文官と慈善活動」のタイトルで日本オリエント学会で口頭発表を行い、その一部をOrientに英語論文として発表した。 また、同時代の年代記・人名録などのペスト関連の記事を収集することを開始した。現在手がけている史料が、15世紀の大部の人名録であるサハーウィーのDaw'である。 感染症の研究者である岡本陽氏(愛知教育大学)に面会し、ペストの病理学的な問題について専門家の意見を伺った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初予定していた海外出張を諸般の事情でキャンセルせざるを得なかっため、現地文書館での史料調査ができなかった点はマイナスであった。ただし、その代わりに手持ちの史資料の読解に努め、計画通りに学会報告を実施できた。さらに成果の一部を英語論文として発表できた点は計画以上の収穫であったといえ、トータルで言えばおおむね順調であったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、人名録や年代記を読み込み、ペストとワクフに関する記事を抽出し、検討していく。当面はサハーウィーのDaw'からペストが流行した年に死亡している人物、実際にペストが原因で死亡したと述べられている人物の情報を集めながら、死者の社会的属性や死亡年齢の検討、他の年との志望者数の比較などを進めていく。 また、ワクフ文書の解読やペスト関連文献の収集・読み込みも同時に進めていく。アブド・アルバースィトのワクフ文書の研究をさらに進めるとともに、女性であるTatarkhanのワクフ文書の解読に取りかかる予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
当初3月に予定していた海外出張を諸般の事情でキャンセルせざるを得なかっため、その分の費用を次年度に回すこととなった。次年度予算には資料調査のための出張旅費は予算に計上しており、出張期間を延長してその費用に充てるか、ドイツで開催予定のマムルーク朝関連の国際会議に参加するための国外旅費として使用する予定である。
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