2013 Fiscal Year Research-status Report
ジャウィ史料の利用によるマレー民族の形成過程の研究
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24720334
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Research Institution | The Toyo Bunko |
Principal Investigator |
坪井 祐司 公益財団法人東洋文庫, 研究部, 研究員 (70565796)
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Keywords | 国際情報交換 / マレーシア |
Research Abstract |
ジャウィの雑誌『カラム』に関する共同研究「脱植民地期化の東南アジアにおけるマレー・ムスリムの自画像と他者像」(京都大学地域研究統合情報センター)を組織した。その活動において、『カラム』のデジタル・アーカイブの試作版を公開した。2013年9月にはマレーシアの出版社との提携により電子出版事業を立ち上げ、同誌の51タイトルの記事を復刻した。事業の発足に際してマレーシアで行われた国際会議では、『カラム』の位置づけに関する報告を行った。そして、マレーシアにおいて新たに発刊されたジャウィに関する学術雑誌(“Dari Warisan ke Wawasan”)に1950年のシンガポールのムスリム蜂起を扱った論文を寄稿した。また、同年12月のシンポジウム「イスラームと多元文化主義」において、『カラム』のデータベース化とそれを利用した研究に関するセッションを組織した。筆者は、イスラム教と政治のかかわりをめぐり、『カラム』が多くのイスラム諸国の例を参照していたことを論じた。2014年3月には論集『『カラム』の時代V』を発行し、筆者は『カラム』が掲載した写真をもとに当時のマレー・ムスリムの世界観を分析した論文を執筆した。 同時に、1930年代に発行されたジャウィの新聞『マジュリス』の収集・分析を進めた。2013年7月に日本マレーシア学会関東地区研究会にて、マレー民族を論じた同紙の初期の記事を分析する予備的な報告を行った。8月にはシンガポールに出張し、追加的な史料収集を行った。収集した史料については、委託によるジャウィからローマ字への翻字を行った。 その他の活動として、マラヤにおけるイギリスの植民地統治がもつ時代性及び近代性を論じた1編の論文(『マレーシア研究』)および2件の講演・報告(2013年6月の東洋文庫における招待講演、同年11月のオランダにおけるアジア研究に関する国際会議)がある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究で設定した三点の課題の達成状況は以下のとおりである。 史料『カラム』に関しては、外来の出自を持つムスリムによる(1)マレー民族やマラヤの多民族の社会秩序に対する認識、(2)マラヤ以外の地域・国家に対して行った働きかけの解明を課題とした。(1)については、“Dari Warisan ke Wawasan”所収の論文において、『カラム』が多元的な行政制度におけるムスリムの法的地位の確保を重視し、ムスリムの宗教実践の自由を強調したことを論じた。『カラム』がマレー民族という枠組みよりもその要素としてのイスラム教を強調し、マレー・ムスリム個人の組織化を目指したことが明らかになった。(2)については、「イスラームと多元文化主義」における発表、『『カラム』の時代V』所収の論文において、マラヤ以外の諸国を参照した記事を分析した。インドネシアにおけるスカルノの独裁体制、トルコにおける政教分離など、他のイスラム諸国の事例を反面教師としてマラヤの指導者のイスラム教への責任を強調する一方、西洋近代の象徴であるアメリカには羨望に似た視線を注いでおり、『カラム』の近代主義の特徴が明らかになった。イスラム教にもとづく社会建設と近代における諸制度とのおりあいをどうとらえたかを解明することが今後の課題である。 課題(3)『カラム』と他のジャウィの定期刊行物の比較による言説の系譜の分析については、新聞『マジュリス』に対象を絞った。同紙については、マラヤの政治経済、マレー民族に関する社説を中心に約400件の記事を収集した。詳細な分析は今後の課題だが、『カラム』と同様に他紙からの引用が頻繁にみられることは特徴の一つである。取り上げられている問題群も多民族社会におけるマレー人の地位や政治組織など、『カラム』と共通するものが多数ある。今後はこれらがどのように論じられ、どのような系譜関係を持つか分析する必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
『カラム』に関しては、前述の課題(1)、(2)については同誌の議論の方向性をほぼ明らかにできたと思われる。今後はさらなる史料の読解を進めると同時に、それらを総合することで同誌全体の位置づけの解明へとつなげていきたい。そして、マレー半島の主流派ナショナリストに対して、イスラム近代主義を代表する『カラム』がマレー民族のまとまりやマラヤの社会秩序に関してどのような対案を提示したかを明らかにすることを目指す。史料分析とともに、成果を発表・公刊する作業にも重心を移す。2014年8月のマレーシア研究に関する国際学会において報告を予定している。また、日本、マレーシア双方の学術雑誌への投稿も予定している。 課題(3)に関しては、これまで収集した『マジュリス』史料の読解・分析を進めていきたい。これまでのところ、具体的なテーマとして、(A)マレー人の特権をめぐる非マレー人との論争、(B)王族の地位をめぐるマレー人内部の議論、(C)マレー民族組織をめぐる議論、がある。これらはいずれも英語紙を含む他紙と論戦となったテーマであり、当時のマラヤおよびマレー・ムスリムたちにとっての共通課題であったと考えられる。このため、『マジュリス』の分析を行うとともに、同紙が参照した新聞(英語、マレー語)の元の記事も調査し、同時代のマラヤのジャーナリズム全体のなかでの位置づけを明らかにする。このため、史料を所蔵するマレーシア、シンガポール、イギリスに出張して追加的な史料収集を行う。また、上記のテーマは『カラム』とも共通するものであることに留意し、その系譜性を意識してマレー・ナショナリズムの文脈に位置づける形で成果のとりまとめの準備を行う。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
物品費が想定していたよりも少なかったため。 物品費(書籍)、旅費(海外・国内)およびその他(ジャウィ史料の翻字の委託)に使用する。
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