2012 Fiscal Year Research-status Report
ビザンティン・ヘシカズムの歴史的研究─東方キリスト教神秘主義の起源と展開
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24720341
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Research Category |
Grant-in-Aid for Young Scientists (B)
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Research Institution | University of Shizuoka |
Principal Investigator |
橋川 裕之 静岡県立大学, 国際関係学部, 講師 (90468877)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | ビザンツ帝国 / ヘシカズム / 神秘主義 / グリゴリオス・パラマス / ニキフォロス・グリゴラス / プロコピオス |
Research Abstract |
本研究は、13世紀から14世紀にかけてビザンツの修道士の間で流行し、その後、修道士の人的ネットワークを介して正教スラヴ世界に伝播した神秘主義霊性、いわゆるビザンティン・ヘシカズムの体系的分析を試みるものである。当年度は、ビザンティン・ヘシカズムをめぐって以下の三つの視角から考察を進め、このうちの2.と3.については成果の一部を国内の論集と学術雑誌に発表した。 1.ビザンティン・ヘシカズムの起源:呼吸および姿勢への注意が神秘的境地の獲得のために払われることから、ヨガとの類似も指摘されるヘシカズムの起源について、これまで確たる証拠は提示されておらず、定説的なものも存在していない。研究代表者はイタリアの史家A・リゴの研究を手掛かりとして、14世紀の俗人学者ニキフォロス・グリゴラスの著述を検討し、グリゴラス自身は従来の神秘主義的伝統とは明白に一線を画する新たな実践ないし霊性が出現したものと理解していたことを確認した。 2.神学者グリゴリオス・パラマスの思想:イタリアのカラブリア地方出身の修道士バルラームによる強い批判に対し、ヘシカズムの実践者として神学的弁証ないし正当化に努めたのはグリゴリオス・パラマスであるが、パラマスの思想的発展を通時的に把握する課題の一環として、彼が1354年にオスマン朝の捕虜になった時期に執筆した書簡を分析し、彼がビザンツ帝国の衰退を神の意思として理解し、帝国なき社会における信仰の持続を想定していたことを明らかにした。 3.ビザンツにおけるヘレニズムとキリスト教の相克:ビザンティン・ヘシカズムをめぐる諸事象は、ビザンツにおけるキリスト教的伝統と異教・ヘレニズム的伝統の併存、相克の歴史を視野に入れたうえで把握される必要がある。当年度は、村田光司氏の協力を得て、ビザンツにおける反キリスト教的歴史書の典型ともいうべきプロコピオスの『秘史』の三分の一を訳出した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究初年度に考察を予定していたのは、ビザンティン・ヘシカズムの起源の問題である。なにゆえ、古代末期以来の修道士らの伝統的な祈りの実践に、呼吸と姿勢の整序に力点を置く身体技法が結合されたのか。代表者はこの問題へのカギを、地中海中部から西部にかけて流布していたボゴミール‐カタリ派異端とユダヤ神秘主義にあると推測し、初年度においては、ヘシカズムを含む、中世地中海世界の神秘主義霊性の広範な比較への予備作業として、ビザンツにおけるヘシカズムの成立を同時代の記述史料の分析から跡づけることを計画した。この計画に関しては、とくにニキフォロス・グリゴラスの史書『ローマ史』の読解を進め、彼が、アトス山の修道士らが実践するヘシカストの祈りをボゴミール派と表して非難していることに注目した。ボゴミール派はビザンツ、とくにブルガリア地域を中心に広まったキリスト教二元論異端とされ、伝統的教会ヒエラルキーの否定と独自の宗教実践を特徴として有したとされる。ビザンツのボゴミール派の実態は証拠となる記述がもっぱら外部者、批判者のものであるため十分明らかになっていないが、グリゴラスの表現は、彼が、ヘシカストらを伝統的実践に従事する修道士とは明白に一線を画する存在として見ていたこと、また、彼らが宗教的実践ないし生活の点で、13世紀末にかけてフランス、ラングドック地方に広まったカタリ派異端との関連を有していた可能性を示唆する。当年度は、カタリ派に関連するラテン語史料の読解まで考察を進めることができず、ビザンツのヘシカスト、ボゴミール派、フランスのカタリ派、これら三者の具体的関係の解明は次年度以降の課題として残された。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究はビザンティン・ヘシカズムの成立から正教スラヴ世界への伝播までの歴史を多面的に明らかにする方途として、ギリシャ語、ラテン語、スラヴ語で記された関連史料の集中的読解・分析を企図している。成立と他の神秘主義霊性との比較の問題については、2年次以降も考察を継続し、とくに、ビザンツ中期の著名な神秘主義者、新神学者シメオンの思想および実践から、ビザンツ末期のヘシカズムへの発展がいかにして可能になったのか、また、シメオンから末期のヘシカズムへの発展が同じ時期のユダヤ神秘主義やキリスト教の他の神秘主義の発展とどのような関係にあるのか、という二点の問題について明らかにするよう努める。 当初の2年次の課題であったパラマスについては、晩年の捕虜体験およびムスリムとの対話を記した書簡を読解する形で、初年時から考察を開始したが、パラマスの書簡のみならず、彼の神学的文献まで読解する史料の幅を広げ、彼の神学的思想が10年に及んだヘシカスト論争を通じてどのように変遷したか、彼のアトス山の内外での人的ネットワークが論争の最中にどのように形成され、論争後、彼を中心とする修道士集団がビザンツ教会にどのような方向性を与えたのかを考察する。それと同時に、ヘシカズムが正教スラヴ世界へ流布する上でひときわ重要な役割を果たした、シナイのグリゴリオスに注目し、彼の生涯と修道士的ネットワークをギリシャ語とスラヴ語で書かれた伝記をもとに再構成し、彼の活動とテクストが具体的にどのような形でヘシカズムの正教スラヴ世界への流布に寄与したのかを考察する。また当初の計画どおり、本研究に関連するギリシャ語キーテクスト(パラマスの『聖なるヘシカストの弁護』、「テッサロニキへの書簡」、「ムスリムとの対話」など)の日本語訳の作成も進める。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用について、ほぼ当初の計画どおりの明細で使用する予定である。主たる経費としては、欧語研究図書、ギリシャ語史料の刊本、PC用品といった消耗品の購入費、マニュスクリプト等の複写・マイクロフィルムの取り寄せ等に必要な経費、学会参加、研究ミーティングの開催、資料調査・マニュスクリプト検討等を目的とする国内外への出張旅費を計上している。
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