2012 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ語圏における赤ちゃんポストと緊急下の女性に関する研究
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24730498
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Research Institution | Chiba Keizai College |
Principal Investigator |
柏木 恭典 千葉経済大学短期大学部, その他部局等, 准教授 (80461771)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 赤ちゃんポスト / 緊急下の女性 / カトリック女性福祉協会 / シュテルニパルク / 国際情報交換 / ドイツ / 母子救済 / 捨て子プロジェクト |
Research Abstract |
当該年度に実施した研究の成果として、2013年5月に北大路書房から『赤ちゃんポストと緊急下の女性-未完の母子救済プロジェクト-』を刊行する。 まず、2012年8月から9月にかけて、ドイツの赤ちゃんポストを調査した。ハンブルクのシュテルニパルク(赤ちゃんポストをドイツで初めて設置した団体)にはじまり、ドイツで二番目に赤ちゃんポストを設置した母子支援施設や、その他多くの赤ちゃんポストを視察し、インタビューを試みた。また赤ちゃんポストのシステムを開発したヴィンケルマン氏を訪ね、赤ちゃんポストのシステムの成り立ちを明らかにすることもできた。 本研究の目的は、ドイツの赤ちゃんポストの設置背景や学術的背景を明らかにすることである。当該年度に行った研究から、ドイツの赤ちゃんポストには、日本の「こうのとりのゆりかご」とは全く異なる次元の意味が込められている、ということが分かった。それは、「キリスト教」と「教育学」との関連であった。キリスト教との関連でいえば、赤ちゃんポストの設置者の多くが、「カトリック女性福祉協会」「カリタス会」「ディアゴニー協会」といったキリスト教系の民間公益団体の人々であった。「こうのとりのゆりかご」もまたキリスト教系の医療機関であるが、ドイツでは、医療機関ではなく、上述した全国的な民間公益団体の指導のもとで設置・運営されていた。このことは、これまでほとんど明らかにされてこなかったことであり、一定の研究の成果と考えてよいだろう。次に、教育学との関連であるが、赤ちゃんポストは、単に母子救済、新生児救済といった意味に留まらず、「アウシュヴィッツ以後の教育」「ホロコーストの教育」「ユダヤ人」と深い関連にあるものであった。 また、国内においても、こうのとりのゆりかごの設置者である蓮田太二氏へのインタビューを試み、日本の赤ちゃんポスト設置の背景について調査も行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、赤ちゃんポストを利用する「緊急下の女性たち(Frauen in Not)」による児童遺棄や児童殺害を防止するために1999年から2000年にかけてドイツで設置された赤ちゃんポスト(Babyklappe)とそれにかかわる実践とその理論を明らかにすることを目的としていた。その実践の内実、ドイツ国内での議論、また赤ちゃんポストの諸問題を克服するために新たに提唱されている「内密出産」(赤ちゃんが成人になるまで実母の状況を内密にしつつ、成人になった時に実母の名前や連絡先等を知らせる出産)等を明らかにすることができた。 また、ドイツ語圏全域の新たな児童福祉、児童養護、児童救済システムの取り組みとして考案された赤ちゃんポストは、妊婦や母子のSOSホットラインと匿名出産との関連の中で生み出されてきた。この三つの新たな試みがどのように機能し、どのように関連し合い、その中で実際にいかなる支援がどの程度行われているのかを解明することを試み、このことに関して、法学、心理学・教育学的な見解の相違について分析した。この点についても、議論を一歩先に進めることができた。まず、第一に、この取り組みは、ドイツで実施されている「妊娠葛藤相談」の末に考案されたものである、ということが明らかになった。赤ちゃんポストは「子どもを捨てる箱」なのではなく、緊急下の妊婦の相談場面を設けるという意図をもった装置であった。第二に、匿名性をめぐる議論において、出自を知る権利よりも生きる権利の方が優先されるという判断から、主に教育専門職の人々によってこの取り組みが行われていた。第三に、実際の赤ちゃんポスト設置団体において、法的な合理性・正当性の模索が行われていた。これにより、赤ちゃんポストの合法性の問題に答えを出そうとしていることが分かった。 したがって、現在までの到達度としては、おおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策については、以下の通りである。 第一に、ドイツでの赤ちゃんポストの議論をより深く捉えるために、ドイツでの資料収集を徹底的に行う。とりわけこのテーマは、学術論文のみならず、政治的議論の対象となっており、各政党の議員たちの言説も多く存在する。こうした政治レベルでの言説の収集は、現実の赤ちゃんポスト問題を捉える上でも、極めて重要である。当然ながら、こうした議員たちとの意見交換や交流も必要となるだろう。当然ながら、ドイツ国内の議論も、「内密出産」という新たな側面を見据えつつ、ますます複雑化している。それを理論的な側面から包括していく作業も求められている。 第二に、赤ちゃんポストの設置者のみならず、赤ちゃんポスト研究を行う研究者との交流も欠かせない。本研究者は日本人であり、ドイツの赤ちゃんポストを論じる上で、共同研究者の存在は欠かせない。ゆえに、ドイツ語圏の赤ちゃんポスト研究者との対話も、今後必須となるだろう。この点は、昨年実現できなかったので、今後の必要不可欠な課題となる。 第三に、教育学研究としての「赤ちゃんポスト」の可能性を探ることである。「子育て」という視点から、この問題は語ることができる。「子育て支援」という言葉は一定の理解を得ているが、赤ちゃんポスト問題から見えてくるのは、現実の「子育て支援」が、緊急下の女性に届いていない、という点である。どのようにして、本当に支援が必要な人に支援の手が行き届くのか。そのメカニズムの解明が求められる。また、「生命倫理」という側面からも、この問題は語り得る。「いのちの教育」「生の教育」「親の教育」といった側面から、教育学的な問題としての赤ちゃんポストを研究していきたい。 第四に、赤ちゃんポスト論において未だ決着のついていない問題として、「匿名性」の問題が挙げられる。この「匿名性」の論理的正当性をめぐる議論を展開する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
次年度の研究費の使用計画については以下の通りである。 第一に、ドイツ国内の文献・資料収集の徹底を行うために、ドイツに1ヶ月間滞在するために、旅費の支出が見込まれる。主に大学図書館や国立図書館、その他各種情報機関を訪問する。その間に、同時に赤ちゃんポスト研究者やこの問題に政治的に関与する議員や団体職員へのインタビューを遂行する。このための資金として、主に研究費を使用する。これは個人レベルではなかなか研究することができない。また、このテーマの性質上、公共的な意味合いも強くあるように思われる。 第二に、調査・研究を行ったその成果を様々なかたちで発信するための費用として、次年度の研究費を支出する予定である。学会発表や学会論文投稿等を通じて、本研究の成果を順次報告していく(また、これに関する出版物・冊子を作る補助金としても費用が見込まれる)。 第三に、赤ちゃんポストを利用すると想定される緊急下の女性を支援する団体等への調査を行い、そうした団体の制約やその可能性について解明する。よって、そのためにかかる費用も発生するだろう。
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Research Products
(1 results)