2012 Fiscal Year Research-status Report
近代初期の学校紛擾にみる教師-生徒関係の変容過程に関する研究
Project/Area Number |
24730710
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Research Category |
Grant-in-Aid for Young Scientists (B)
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Research Institution | Tamagawa University |
Principal Investigator |
太田 拓紀 玉川大学, 教育学部, 助教 (30555298)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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Keywords | 学校紛擾 / 教育関係 |
Research Abstract |
本年度はまず、学校紛擾事例の再把握とそのデータベース化を実施した。学校紛擾は公的機関の統計に出現しなかった事象であり、事例の特定が困難である。先行研究では明治期の件数を当時の教育雑誌『教育時論』の掲載記事数から推定していた。しかし、歴史的資料のデジタルアーカイブ化が進み、資料検索の機能は先行研究の発表当時と比べて、飛躍的に向上している。よって、本年度では検索対象を新聞紙面に拡大し、学校紛擾事例について広く把握しようと試みた。とくに朝日新聞、読売新聞などの全国紙では明治期の紙面検索が可能になっており、これらを有効に活用した。その上で捕捉できた事例について、データベース化を実施した。 続いて、近代の中等教員における社会的地位について分析を行った。学校紛擾は明治期では主に中等学校で生じた教師-生徒間の衝突であり、当事者である教師の社会的地位が教育関係に影響をもたらしている可能性も考えられた。したがって、当時の教師における地位関係について検証を行った。この点については、成果の一部が学術論文として掲載されることになっている。 最後に、研究の枠組である教育関係について、その理論的検討を文献等から実施した。近代学校の成立に伴う教師生徒関係の変容については、これまでの教育社会学ではウォーラ-の指摘が広く参照されてきた。ウォーラーは「人間的指導」と「制度的指導」の2つの指導類型を提起し、後者の教育者-被教育者関係ではパーソナルな要素が削ぎ落とされ、打算的で冷淡なものになるとみなしている。本年度は教育の合理化過程、社会システム論といった別の理論的視座から、教育関係論を問い直そうと試みた。その結果、単に教師―生徒関係のみを微視的にとらえるのみならず、近代化、合理化といった教育・社会システムの変容に関連づけて教育関係を分析する視点が学校紛擾を考察する上で有効であることを理解できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は明治期の学校紛擾に焦点をあて、近代初期における教師-生徒関係の変容過程を明らかにすることを目的としている。それにより、教師-生徒関係に潜む原初的な問題を実証的に再検討し、現代における関係性の危機を捉えなおす視座を得ることを目指している。平成24年度では主に学校紛擾事例の再検証と教育関係理論の検討を目的とした。 このうち、学校紛擾事例の再検証については、明治期の紙面検索により、全国紙に掲載された事例をおおむね捕捉することができた。教育雑誌『教育時論』の掲載記事数から検証した先行研究では把握できなかった事例も多数含まれていると考えられ、年度当初の目標をある程度達成できたと認識している。ただし、全国紙以外のメディアに掲載された事例を追うことが十分できておらず、他の教育雑誌、地域紙にはさらなる事例と詳細な事件の経緯が描かれている可能性もある。この点は次年度以降の課題としたい。ただ、捕捉できた事例については、その内容から分類を試み、一定のデータベース化を行なうことができた。次年度はこのデータベースを利用し分析していくことになるが、その分析の有効な方法についてはなお検討中である。他の社会史研究の手法に学びつつ、妥当な方法論を見いだしたい。 また、教育関係理論の検討についても、社会学の理論書を中心に渉猟するなかで、ある程度達成することができた。主に、ウォーラーの「人間的指導」「制度的指導」の概念を基礎に、教育の合理化(ウェーバー)、社会システム論(ルーマン)といった概念・理論が有益な視座を与えてくれることを把握し、教育関係論への応用の可能性を認識することができた。ただ、現状ではその可能性を把握できた点に止まっている。今後は、具体的な学校紛擾の事例と各理論との対応関係について考察を深め、事例に対する理論づけを精緻化したい。
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Strategy for Future Research Activity |
平成24年度の成果をふまえながら、今後は主に次の2点について研究を進めていきたい。 ①学校紛擾発生校の特性の量的分析と類型化(平成25年度) 学校紛擾が生じたのはいかなる学校だったのか。この点について主に教師-生徒関係の視点から数量的に検証を行う。例えば、大規模校では教師と生徒の関係が希薄になりやすいため、学校紛擾が起きやすいという仮説も成り立つ。よって、平成24年度の成果として得られた学校紛擾のデータベースを基に、発生した学校の地域性、伝統(創立からの年数)のほか、教員数、教員の学歴構成、教員免許保有者の比率や、生徒数、生徒の出身階層比率というように、教師、生徒に関わる変数を加えて量的に分析を試みる。その上で、学校紛擾発生校を、その発生要因から類型化を試みたい。各学校の基本的データについては、『文部省年報』や各道府県の『学事報告』等の資料を用いる。また、発生要因の把握については雑誌・新聞記事の記述のみでは十分でないと想定されるため、学校史・回想録などを適宜参照したい。 ②教師-生徒関係に焦点づけた学校紛擾の事例研究(平成26年度) 上の①で得られた類型ごとに、事例研究の対象となる学校・事件のピックアップを行う。そして、その事例ごとに学校紛擾の発生、経過、結果といった一連の過程に教師と生徒がいかに関与したのかを詳細に描き出し、教師-生徒関係の有り様、変化を考察したい。資料は主に各中等学校の学校史、回想録、同窓会誌、道府県版の新聞、当事者の自伝などを多角的に用いることとする。なお、事例校の選定にあたっては、上記の資料群が十分に保存されているかが研究の成否のポイントとなるため、資料の豊富さを基準としたい。その上で、各事例について教育関係論の立場から理論的考察を行い、なぜ学校紛擾が明治期に頻発したのかという本研究の問いに対し、一定の解答を導き出したい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本研究は歴史関連文書の購入・複写代と、資料収集のための交通費が主な必要経費となる。ただ、次年度はデータベースを用いて量的分析を行う予定であり、特別な支出が見込まれる。また、平成24年度は新聞・雑誌検索に時間を多く費やしたため、予定されていた歴史書の購入・検証を次年度に一部持ち越すとともに、地方史資料の閲覧・収集に力点を置くため、発生した繰越金(80千円)を「旅費」、複写代としての「その他」にそれぞれ充当させた(各40千円)。 歴史関連の文書として、平成25年度は主に地方教育史に関する資料を用い、具体的には地方紙、個別学校の学校史、同窓会誌、当事者の自伝、日記などを参照する。このうち、新聞・雑誌記事、一部の書籍は複写にて必要箇所を収集する(「その他」90千円)。学校史、同窓会誌については、原則として古書店等から直接に購入する(「物品費」300千円)。しかし、地方教育史に関わるこれらの資料は希少であり、必ずしも購入できるとは限らない。その多くは県立図書館や各地域の資料館、あるいは当該県の大学図書館に所蔵されていると思われる。また、公共図書館・資料館に資料がない場合は、紛擾があった学校・地域に直接訪問し、資料閲覧の依頼を行うことも想定される。したがって、国内の旅費については十分に確保する必要がある。平成25年度は宿泊を伴うものも含めて、14日ほどの出張を予定している(「旅費」140千円)。 また、量的な分析に際し、明治期における中等学校、中等教員のデータベースを作成する予定である。具体的には『文部省年報』や各道府県の『学事報告』などを資料とし、教師や生徒に関わる変数から構成されるデータベースを作成して、紛擾が発生した学校の特性を分析する予定である。この際のデータ入力作業については、アルバイトを雇う予定であり、その人件費を要することとなる(「人件費・謝金」50千円)。
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