2013 Fiscal Year Research-status Report
光が誘起する量子ダイナミクスとその本質-化学ドーピング・熱励起との違いを探る-
Project/Area Number |
24740192
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
大原 潤 北海道大学, 理学(系)研究科(研究院), 講師 (50552585)
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Keywords | 光誘起ダイナミクス / 光磁性体 / ハロゲン架橋白金錯体 / 電子相関 / 電子・格子相互作用 |
Research Abstract |
1) シアノ架橋銅モリブデン化合物における磁化の双方向光スウィチング: 表題物質は,波長の違う可視光を照射することにより,オン・オフ可逆の誘起磁化を示すことが知られている。まず我々は,結晶構造を正確に反映するハミルトニアンを構築し,基底状態相図の精査を行い,常磁性と強磁性の競合を明らかにした。続いて,時間依存シュレディンガー方程式を経路積分的に解くことで,常磁性状態への光照射効果を解析した。その結果,光照射による磁化の発現および減退を再現することができた。磁化発現時では2段階の光吸収が起こる一方,磁化減退時には光放出が起こることを確認した。また,時間分解一粒子スペクトル関数を計算し,バンド構造の変化を追跡した。光照射前の非磁化状態と光誘起強磁性状態を経た非磁化状態では,それらのバンド構造が質的に異なっていることが明らかとなった。平衡状態では実現しない電子構造を,光照射が誘起している可能性を見出した。 2) 4角柱状ハロゲン架橋白金錯体の光誘起相転移: 本物質では基底状態において,タイプの異なる2つの電荷密度波(CDW)状態(CDW1,CDW2とする)が共存していることが知られている。このCDW1とCDW2は互いに異なる共鳴吸収エネルギーを示す。 我々は,時間依存シュレディンガー方程式を数値的に解くことで,各CDW状態への光照射効果を調べた。その結果,これらのCDW状態間の光誘起相転移現象を見出した。また,この相転移は方向性を有しており,光誘起ソリトンが鎖間で調和的に発生するか非調和的に発生するか,が鍵となっている。この相転移の方向性を利用して,光照射により混合CDW基底状態を純化することが可能である。また,本系における光誘起ダイナミクスは,照射光の偏向方向に強く依存しており,主軸に対して垂直方向の光照射の場合,CDW状態は金属化してしまう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
シアノ架橋銅モリブデン化合物の光誘起磁化現象について,その観測結果を定性的に再現することができた。その中で,磁化の光スイッチング機構の微視的描像も明らかになってきた。常磁性状態への光照射効果を数値シミュレーションすることにより,磁化発現時では2段階の光吸収が起こる一方,磁化減退時には光放出が起こることを確認した。さらに各原子上の電子密度の時間変化を追跡したところ,磁化発生時・減退時でともに,モリブデンから銅への電子移動が起こっていることを明らかにした。このことから,“磁化の発生・減退過程では電子移動の方向が逆転している”という現象論的解釈では,この光誘起磁化現象を完全に理解できない。我々は,バンド構造の変化を追うことで,最終定常状態が初期状態とまったく異なる電子状態であることを見出した。この状態は,熱平衡状態で実現するいずれの状態とも異なっており,本研究の主題である“光でのみ到達できる量子状態”と言える。今後,最終定常状態における電子分布を詳しく調べることで,光励起と熱励起の違いを明らかにしてゆく。 もう1つの舞台として挙げている4角柱状ハロゲン架橋白金錯体においては,2つの異なる電荷密度波状態間の光誘起相転移現象を見出した。この相転移は一方通行という特徴を持っており,光照射が基底状態制御にも有用であることを示した。また,光照射に対する応答は,上述したように光の偏向方向に強く依存しており,格子の幾何学性が光反応ダイナミクスを多様化させることを確認した。現在,梯子状ハロゲン架橋白金錯体における光反応ダイナミクスの解析に着手しており,柱状錯体と同様な方向性を持った光誘起相転移を確認した。鎖状,梯子状,柱状錯体の比較研究が可能となり,電子・格子結合系における光反応ダイナミクスの一般的性質を抽出する足掛かりを得た。
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Strategy for Future Research Activity |
シアノ架橋銅モリブデン化合物に関して,実験観測を念頭に置いたパラメター(重なり積分や電子相関といった内因性のものから,照射光の光子エネルギーや照射時間といった外因性のものを含む)を設定し,より定量的な解析を行う。その中で,誘起される磁化の大きさ,照射エネルギーに対する磁化の発生効率など,本物質の光磁石としての機能性を明らかにする。また,時間分解光学伝導度の計算を行うことで,この磁化ダイナミクスを“光で観る”実験を提案する。これにより,光誘起磁気相転移に伴い,電気伝導性がどのように変化してゆくかを議論できる。これらと平行して,有限温度相図を求め,温度効果を詳細に解析する。特に,光励起シミュレーションにより得た最終定常状態と高温で実現する電子相で,電子分布や磁性・伝導性等の物性を注意深く比較する。前年度に得た金属置換効果も合わせて比較することで,光ドーピング,化学ドーピング,温度上昇効果を比較し,光励起の本質を抽出するとともに,本物質の機能性材料としての可能性を評価する。 電子・格子結合系の舞台として注目するハロゲン架橋白金錯体については,梯子状錯体における光反応ダイナミクスの解析を進めてゆく。特に励起強度依存性に注目する。光照射,そして温度変化による電荷密度波状態間の相転移,電気密度波-金属状態間の相転移を,電子系と格子系間のエネルギー交換という視点から解析し,“光”と“熱”の差異を評価する。鎖状,梯子状,柱状物質での比較研究を行い,格子の幾何学性が光誘起ダイナミクスと熱力学に与える影響を明らかにする。 さらに,実験拠点との連携も視野に入れ,国内外の研究会に積極的に参加し,情報発信・交換にも努める。最新の情報を入手し,それに応じて研究の優先順位を変更するなど柔軟な応対をしてゆく。光科学分野における本研究成果の位置付けを行い,これを以て研究総括とする。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
北海道大学の会計システムの仕様上,平成25年度3月に購入した物品に関しては,平成26年度4月支払いとなるため。 平成25年度3月に購入した物品を当初予定通り使用する。
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