2012 Fiscal Year Research-status Report
極短光パルス励起によるグラファイト構造相転移の核形成過程に関する研究
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24740203
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
稲見 栄一 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 特任助教 (40420418)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 走査型トンネル顕微鏡 |
Research Abstract |
極短光パルスレーザーで物質を励起すると、様々な物性現象が誘起される。現象の支配要因を完全に理解するには、光と物質の相互作用の素過程を明らかにすることが不可欠である。本研究では、極短光パルス励起に固有な構造変化現象に着目する。フェムト秒光パルス励起によりグラファイトで発生する第三の炭素凝縮相(ダイヤファイト)を対象として、構造相転移の初期過程を走査型トンネル顕微鏡によって微視的観点から解明する事を目的としている。 グラファイト光誘起構造相転移では、初期過程としてグラファイト層間に単一のσ結合が形成され、それが核となり逐次的にσ結合が増殖した結果、ナノ領域での秩序が形成される。本年度は、このような核形成過程、及び増殖過程を支配する電子励起状態に関して、エネルギー的側面から知見を獲得すべく研究を展開した。まず現有装置に小規模な改良を施し、励起波長を近赤外~紫外領域の広い範囲で制御できるように準備を進めた。その後、相転移発生効率に対して(1)同一強度での励起波長依存性、(2)同一波長での励起強度依存性、を系統的に測定した。その結果、光子エネルギーが相転移発生に及ぼす効果に関して、以下の重要な知見を得た。 (1)紫外光励起では、近赤外光励起に比べて圧倒的な効率で核形成、及び秩序形成が誘起される。 (2)励起波長は相転移の効率だけではなく、発生形態にも強い影響を与える。紫外光励起では核形成が支配的であるのに対して、近赤外光励起では核形成よりも増殖による秩序形成が効果的に誘起される。 以上の結果は、層間σ結合の形成が、グラファイト完全サイトと既存のσ結合サイト近傍で大きく異なることを示しており、励起電子のエネルギーと非平衡局在確率が層間σ結合形成の重要な支配要因であると理解できる。これらの成果は、現在論文執筆中である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、極短光パルスに固有な物性現象を支配する「光と物質の素過程」解明に重要な学問的基礎を提供するだけではなく、電子励起により凝縮系の新しい物性・機能の発現、あるいは制御を行う励起ナノプロセス技術確立への指針を示すという点で工学的にも大きな意義をもつ。 研究開始から現在に至るまで、研究は滞ることなく当初の計画を上回るスピードで効果的且つ迅速に進展しており、基礎・応用両面で重要な知見が得られた。またその成果は、平成24年度9月の段階から国際・国内学会で順次発表されている。現在は本年度の成果を論文に取りまとめると同時に、平成25年度に推進する研究の準備段階にある。 また成果達成のスピードという点だけではなく、その内容に関しても申請時の想定を上回る知見が得られた。特に、励起波長の違いが相転移発生の効率だけではなく、形態にも重要な効果を及ぼすことを実証したことは、波束としての電子が相転移初期過程に果たす役割を明らかにする(本研究課題の中核的テーマであり平成25年度に実施予定)上で、間接的ながらも極めて重要な知見を与えてくれた。 以上の成果は、マクロな原子配列変化を分光学的に検出する段階に留まっていた「相転移の構造的応答」を、走査型トンネル顕微鏡を用いて原子レベルで検出するといった微視的観点に立ち初めて達成された。今後、このような独創的手法に基づき更に研究を展開することで、平成25年度中に、当初の計画以上の先進的成果が得られると確信している。以上を総合して、研究は当初の予定の範囲を超えて進展しているという評価を与えた。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度の研究を推進するためには、フェムト秒レーザー発生装置の最適化とその性能確認、更に平成24年度に構築した光学系の一部に改良を施すことが必要となる。これら研究設備・環境の整備は、平成24年度末から順調に進めてきており、現在、一部の小規模な改良を除いて実験可能な体制が整いつつある。 今後の研究推進方策としては、平成24年度までの研究内容を一層深めつつ、新たに励起パルスの時間幅依存性の実験を展開し、「グラファイトに初期状態として形成される電子波束が、光誘起相の核形成に与える影響」を明確にする。これにより相転移の初期過程を支配する電子励起状態に対して完全な理解を目指す。以上、当初の計画に則って研究を停滞させることなく推進し、全体の計画を期間内に達成する。また2年間の研究成果を体系的に整理し、国際・国内学会で順次発表するとともに、論文に取りまとめ、研究を総括する。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
本計画を遂行する為には、励起光の波長、パルス幅、強度、及び偏光を最適化して電子励起状態を制御的に発生させることが本質的に重要である。そのためには、光学素子(非線形光学結晶、偏光板、半波長板、及び各励起波長に対応したフェムト秒パルス対応低分散ミラー)を状況に応じて実験系に高度に組み込む必要がある。当初の計画では、光学素子を初年度に一括購入し、実験系全体の構築を予定していた。しかし計画を推進していく上で、光学系の一部に再検討すべき課題が生じた。この課題を解決し、計画を期間内に遂行するためには、初年度と次年度で光学系を分けて構築することが最善であると判断した。このため初年度に未使用な光学素子(600nmに対応したフェムト秒パルス対応低分散ミラーと半波長板)に関しては、その長期保管に伴うリスクを考慮し、次年度以降に購入予定の消耗品(当初の計画通り)と併せて、その予算を計上した。 この変更により、初年度の研究は効率的且つ迅速に達成され、現段階では、次年度の研究へ向けた新たなシステム構築が順調に進行している。以上、購入時期の変更は全体の計画を達成するうえで不可欠であり、妥当な判断となっている。
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Research Products
(5 results)