2012 Fiscal Year Research-status Report
集光機能の改良に基づく無機栄養ストレス耐性作物の創出
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24780060
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture |
Principal Investigator |
齋藤 彰宏 東京農業大学, 応用生物科学部, 助教 (10610355)
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Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 鉄欠乏 / 集光性アンテナ / 光合成 / Lhcb1 / オオムギ / イネ |
Research Abstract |
植物の要素障害は最終的に光合成系の破たんを誘導する。これに対して、オオムギは長期の鉄欠乏条件下で、光阻害を回避でき、炭素同化能も維持できる。我々は、長期鉄欠乏オオムギの地上部の転写産物の中から発現量の増加した遺伝子の一つとして光化学系II集光性アンテナLchb1のホモログ遺伝子(HvLhcb1.12)を同定し、このタンパク質が光エネルギーを熱として放散することで、鉄欠乏下の光酸化ストレスを回避することを突き止めた。 今回、我々はLhcb1タンパク質全体の挙動を解明するために、単離したチラコイド膜上でLhcb1の偏在性を解析した。この結果、鉄欠乏下のオオムギにおいて、Lhcb1タンパク質がグラナからストロマラメラへと劇的に局在性を変化させることを明らかにした。この局在変化を支配する制御機構を明らかにするために、Lhcb1のタンパク質修飾に着目した。この結果、鉄欠乏のオオムギではLhcb1タンパク質が高度にリン酸化されていることを明らかにした。このLhcb1リン酸化を特異的に阻害する薬剤処理を行った結果、オオムギの鉄欠乏に対する光感受性が増大し、光化学系II(系II)反応中心の代謝回転にも異常が見られた。これらの結果から、リン酸化したLhcb1が系II反応中心の多いグラナから脱離し、ストロマラメラ側で過剰光を熱として放散するというモデルが明らかになり、これが光化学系の鉄欠乏適応に必須な役割を担うことが示された。 さらに、鉄欠乏誘導型HvLhcb1.12遺伝子導入イネの光保護作用を検証した。強光下で栽培を行った結果、形質転換イネの分げつ数と穂数が有意に増加した。栄養成長期の有効分げつ数の増加により、収量も25%増加した。これらの結果を踏まえ、今後は集光性アンテナHvLhcb1.12ファミリーの特徴的な分子制御機構の解明と、無機栄養ストレス耐性植物の作出につなげていく。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画では、鉄欠乏オオムギの光化学系の環境適応機構の解明を端緒に、農業上有用となる無機栄養ストレス耐性作物の創出を目指す。この目標を達するために、①HvLhcb1ホモログ遺伝子の転写制御機構の解明、②Lhcb1タンパク質の高次構造の解析、③OsLhcb1欠損イネにHvLhcb1遺伝子を導入したアッセイ系の構築を進めていく。 このうち、①の転写制御については、概ね主要な実験は達成できた。特に、昨年度までに多数あるHvLhcb1ホモログ遺伝子のプロモーター配列の取得が完了している点は大きい。さらに、この間に国際ゲノムプロジェクトによって、オオムギ数品種の全ゲノム情報が昨年度後半に公開された。これにより、品種間の遺伝子配列を比較することが可能になった。ホモログごとに特徴的なシス配列の候補も見つかりつつある。また、HvLhcb1のホモログ遺伝子が当初想定していた14種類ではなく、実際には17種類におよぶという新たな知見を得た。これはイネ科のみならず他の高等植物と比べても圧倒的に多いLhcb1遺伝子コピー数であり、オオムギの進化の中でLhcb1の重複が重要な意味を持つことが改めて示唆された。 ②のLhcb1高次構造についても概ね計画通りに進展した。鉄欠乏オオムギではLhcb1のN末端が高度にリン酸化されていること、このリン酸化が環境適応に必須であることを明らかにした。また、鉄欠乏誘導性HvLhcb1のN末端配列上に多数のリン酸化残基が存在することも示唆された。一方、N末端側のリジン残基はアセチル化されることが分かったが、鉄欠乏によるLhcb1アセチル化量の変動は見られず、今後の解析からは除外することにした。 ③のイネアッセイ系については現在進行中であるが、作成済みのHvLhcb1.12導入イネ系統で収量が有意に増加した。これについては、今年度も引き続き検証していく。
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Strategy for Future Research Activity |
まずは、前年度までにまだ達成していない部分を進展させる。上述の通り、HvLhcb1が17種類のホモログ遺伝子から構成されているという新知見を得たため、未解析のHvLhcb1ホモログ遺伝子の発現制御についても解析する。さらに、個々のHvLhcb1アイソフォームの性質を決定することが必要である。これらの解析により、鉄欠乏ストレスや強光ストレスにおいて、HvLhcb1遺伝子の重複がもたらす生物的意義を解明する。 (1)HvLhcb1ホモログ遺伝子の発現制御解析 前年度までに得られたプロモーター配列情報をもとに、光酸化ストレスに応答するシス配列を決定する。当初の計画通り、プロモーター領域を改変したコンストラクトを作成し、イネに導入し、発現制御や機能を解析する。 (2)HvLhcb1アイソフォームの比較解析 IEF/SDS二次元電気泳動法で分離したHvLhcb1アイソフォームの配列をLC-MS/MSで同定する。すでに、二次元電気泳動とウエスタン解析によって、Lhcb1アイソフォームを8スポットまで分離することに成功している。これらのアイソフォームの蓄積量やリン酸化状態の比較から、鉄欠乏や光酸化ストレスを受けた際に、どのLhcb1アイソフォームが中心的な機能を有するのかを明らかにする。 上記の点に加えて、個々のHvLhcb1ホモログの機能評価を行うために、Lhcb1欠損イネを利用したアッセイ系を確立する。当初計画案では、イネ内在性OsLhcb1欠損を示すリソースを利用する計画であったが、期待する遺伝子欠損系統はデータベース上に存在しなかった。このため、今年度は遺伝子ターゲティング法によりイネ内在性OsLhcb1をゲノム上から欠損させることを検討する。これにより当初の計画よりも遅れが生じるため、当面はLhcb1欠損イネではなく、野生型イネにHvLhcb1を導入し、機能評価を進めることにした。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
HvLhcb1プロモーター配列のコンストラクト作成等にかかる分子遺伝学的手法の消耗品および配列解析にかかる受託解析費用として、30万円程度を要する。次に二次元電気泳動で分離したLhcb1アイソフォームの個々のスポットを質量分析で解析するために受託解析費用として60万円程度(3万円/スポット)を要する。さらに、HvLhcb1の機能変化がチラコイド膜構造に及ぼす変化を明らかにするために、透過型電子顕微鏡解析を進める。すでに、本学の電子顕微鏡室の本橋助教らの支援の下、解析に必要な試料ブロックを作成しており、最終的に30万円程度の解析費用になる。HvLhcb1導入イネの光化学系の機能評価について、超低温クロロフィル蛍光解析を進める必要があり、特殊な分光光度計を発注する余栄である。これには、少なくとも100万円程度が必要である。さらに、本年度は国際学会に参加するための旅費(学会発表参照)、作成中の論文校正費用として残額が消費される予定である。
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Research Products
(16 results)