2012 Fiscal Year Annual Research Report
線虫の塩走性行動を制御する神経ネットワークのシステム生物学的解析
Project/Area Number |
24800014
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
豊島 有 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 特任研究員 (10632341)
|
Project Period (FY) |
2012-08-31 – 2014-03-31
|
Keywords | 神経情報処理 / システム生物学 / ライブイメージング / モデル化とシミュレーション / 線虫 |
Research Abstract |
線虫は特定の塩濃度の領域へ向かう性質があり、進行方向および垂直方向の塩濃度勾配に対してそれぞれピルエット機構と風見鶏機構という異なる行動戦略を用いている。その際神経ネットワークにおいては塩濃度勾配の方向の情報が時間的に多重にコードされていると考えられる。本研究では、多重にコードされた情報を分離・抽出する機構を同定し、その動作原理の解明を目指して、<1. カルシウムイメージングによる神経細胞の活性測定>と<2. 実験データに基づいた数理モデルの作成>、<3. 数理モデルの解析と動的特性の検証>を行っている。本年度は、1.と2.について研究を進めた。 1.では、塩濃度が繰返し変化する刺激を線虫に与えて、神経細胞の応答を正確に測定できる実験系を確立した。この系を用いて感覚神経の応答を測定したところ、感覚神経は塩濃度変化の周期が長いほど応答が強くなることや、蛇行の周期と一致するような振動刺激にも応答することが明らかになった。この結果は、進行方向および垂直方向の濃度勾配の情報は感覚神経の段階では区別されておらず多重化されていることを示唆していた。あわせて、運動中の線虫を追跡しながら神経細胞の応答を測定するためのプログラムや、4Dイメージング観察技術によって得られた画像データを解析するためのプログラムを作成した。 2.では、風見鶏機構の数理モデルを作成するにあたって、先行研究の数理モデルをCUDA環境上に実装し、遺伝的プログラミング法を利用して追試を行った。その結果、神経細胞ネットワークの一部でバンドパスフィルタ特性を持ち、垂直方向の濃度勾配の情報だけが抽出されるようなモデルが選ばれることがわかった。このバンドパス特性が発揮できないよう改変したモデルでは風見鶏機構が正しく働かなくなることが明らかになり、風見鶏機構にとってバンドパス特性のような情報抽出機構が必要不可欠であることが示唆された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究計画の<1.カルシウムイメージングによる神経細胞の活動測定>に際して、当初想定していなかったトラブルが2点生じ、解決に時間を要したため、感覚神経以外の神経細胞の測定が遅れているが、全体としては概ね順調に進展している。 1点目として、10分という比較的短時間かつ静的な撮影条件にもかかわらず、撮影中に経時的な焦点ズレが生じ、正しく測定ができないという問題が生じた。そこで、Ca2+感受性蛍光プローブの比較対象として別の蛍光分子を同じ細胞へ発現させ、同時に撮影して補正することで、この問題を解決した。 2点目は、Ca2+感受性蛍光プローブの応答速度が個体間で異なるという問題であった。振動的な刺激を与えた際の応答の振幅は、対象の神経細胞系の内在的特性だけでなく、蛍光プローブの応答速度にも影響を受ける。蛍光プローブの応答速度は個体間で最大10倍程度異なっていたため、振動的な刺激を与えた際の応答の振幅を個体間で直接比較できない場合があることがわかった。そこで、蛍光プローブの応答速度を個体ごとに予め測定し、参照用データと同程度の応答速度を示した個体について、振動的な刺激を与えて応答を測定することで、この問題に対応している。あわせて、このような影響の少ない別の改良型蛍光プローブの導入も検討している。 これらはいずれも実験の結果に大きく影響する重要な問題であり、これらの問題を解決し神経細胞の活動を正確に測定できるようになったことで、今後の研究の着実な進展が期待できるようになった。
|
Strategy for Future Research Activity |
研究計画に従い、今後も引き続き<1. カルシウムイメージングによる神経細胞の活性測定>と<2. 実験データに基づいた数理モデルの作成>を行い、加えて<3. 数理モデルの解析と動的特性の検証>を行う予定である。 1.に関しては、今年度までに神経細胞の応答を正確に測定できる実験系を確立したので、これを利用して感覚神経以外の神経細胞の応答の測定を進める。あわせて、応答速度の速い改良型蛍光プローブの導入を進める。また、全神経細胞の応答を一度に測定するための4D イメージング観察技術と画像解析基盤の整備が進みつつあるため、これを積極的に活用して研究のさらなる進展を図りたい。 2.に関しては、感覚神経以外の神経細胞の応答の測定の進捗に合わせて、実験データを再現できるような数理モデルの作成を進める。また4Dイメージングにより全神経細胞の応答を一度に測定できるようになれば、応答のうち平均化すると消えてしまうような小さな部分の寄与も数理モデルへ反映できるようになり、数理モデルの正確さの向上が期待できる。 3.では、解析すべき数理モデルは今年度の課題であるが、【研究実績の概要】で示したように、数理モデルの解析から有用な知見が得られることが明らかとなったので、2.で実験データを再現できる数理モデルが得られ次第、当初計画の通り解析を進める。
|