2012 Fiscal Year Annual Research Report
近代フランス文学と絵画における「親密な私生活」の表象と発展
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24820036
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Research Institution | Dokkyo University |
Principal Investigator |
福田 美雪 獨協大学, 外国語学部, 講師 (90632737)
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Project Period (FY) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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Keywords | アンティミテ / フランス文学 / フランス絵画 / 19世紀フランス / 私生活 / 自然主義 |
Research Abstract |
本研究は、近代フランスの形成に深くかかわる「親密な私生活(アンティミテ)」の芸術的表象が、資本主義・市民社会の発展と共にどのように発展したかを、文学(テクスト)と絵画(イマージュ)という二つの方向から解き明かすことを目的として計画された。 研究一年目は、18世紀フランスにおける近代市民社会の萌芽の歴史、それに伴う絵画や文学における「アンティミテ」の意味の変遷を中心に考察を進めた。18世紀に、アンティミテが「心の奥」という本来の宗教的な意味を離れ、「親密な交わり」という他者との関係性を指すようになった背景には、啓蒙思想家による個人主義の称揚、貴族社会におけるサロン文化、「公」より「私」の空間を重んじるロココ美術の隆盛などがあった。また、ロココの画家の多くが、フランドル・オランダの風俗画に範を見出し、同時代のプライヴェートな生活を描いたこと、そしてシャルダンやグルーズの風俗画を思想家ディドロが高く評価し、公的な芸術に匹敵する価値を私的な芸術に見出したことなど、いくつもの重要なパラダイムシフトが「アンティミテ」という概念をめぐって生じたことが明らかになった。近代絵画における「アンティミテ」研究の成果は、紀要論文として発表した。 近代文学において「アンティミテ」というテーマが注目されるまでには、18世紀後半の市民演劇を経て、19世紀初頭に小説というジャンルの確立を待たなければならなかった。しかし、「個」の称揚、小グループによる「セナークル」の形成、私生活の幸福を重視する19世紀ロマン主義文学は、ルソーの『告白』を契機として近代的な「自我」の考察に努めた。この現象は、ブルジョワ社会の確立や都市環境の整備による、私的空間の充実化と並行しており、歴史・社会・芸術文化が絡み合い相互発展してゆくプロセスを示していると考えられる。この研究成果は、自然主義研究会における口頭発表としてまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究初年度において、絵画の分野で一本、文学の分野で一本の業績をまとめ、成果を発表することを目標としていたが、予定通り達成されている。 また、平成25年3月に一度研究調査のためにパリに出張した。当初の予定ほど十分な時間は取れなかったものの、自然主義文学の研究者との研究打ち合わせ、フランス国立図書館での資料調査、美術館でのアーカイヴ研究などは、ほぼ順調に進捗した。 初年度研究でとくに収穫として挙げられるのは、比較文学の分野に展望が開けたことである。18世紀フランス社会における「アンティミテ」の表象を考察するうえで、風俗画が発達したフランドル・オランダ、プライヴェートな建築やカンバセーション・ピースが発展したイギリスなど、フランスとは異なる歴史的背景によってアンティミテが市民社会に根付いた国との比較をすることができた。 また、18~19世紀フランスで盛んに行われたモニュメントなどの公共建築と、私的な建築の発展を比較する必要も芽生えており、文学(テクスト)と絵画(イマージュ)を軸としてスタートした本研究が、超領域的な広がりを見出しはじめたことは、当初の目標以上の成果と言える。
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Strategy for Future Research Activity |
2年目には、研究対象となる時代を第二帝政期(1851-70)にフォーカスし、ひきつづき文学と絵画におけるアンティミテの表象とその変遷を考察する。第二帝政期の私生活は、都市への人口集中により、プライヴァシーの確保が難しい状況下で発展した。ゆえに「親密な私生活」の実態は、つねに他者の侵入に脅かされる空間の集合体のうえに成り立つ脆弱なものであった。こうした背景を踏まえ、家族や友人、恋人など内輪の関係が結ばれる私的空間のトポグラフィーを整理する。具体的には、次のような時代背景に沿って研究を進める。 まず、ロマン主義から写実主義への移行期において、親しい人間との関係性だけでなく、その空間表象が文学者の主要な関心となることに着目し、公的空間と私的空間の発展とからめてアンティミテの空間性を研究する。ここで問題となるのが、官展から独立した芸術家の増加や絵画市場の大衆化にあわせて発展した、印象派絵画である。第二帝政期ほど、文学者と画家がメディアを通じて密接に連帯したことはない。そして印象派の主要な関心は同時代の市民風俗を活写することにあった。双方の影響関係は、マネ、モネ、ドガ、ルノワール、カイユボットらの絵画、そしてそれを評価し文学的主題と呼応させたゾラ、ゴンクール、ユイスマンスらの作品に顕著である。 第二帝政期以降の文学においては象徴派、絵画においてはナビ派の作品に、アンティミスムに対する芸術家の鋭敏な意識は顕在化することになるが、アンティミテが万人に共有される概念として一般化し、さらに芸術的に特権的なテーマとなるまでの文化史は、本研究の主眼であり、第二帝政期のアンティミテをめぐる文学と絵画の研究がその中心となる。
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Research Products
(2 results)