2012 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
24820067
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Research Institution | Osaka Ohtani University |
Principal Investigator |
今井 澄子 大阪大谷大学, 文学部, 准教授 (20636302)
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Project Period (FY) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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Keywords | 美術史 / フランドル / ネーデルラント / 祈祷者 / ブルゴーニュ / タペストリー / 肖像 / パトロネージ |
Research Abstract |
平成24年度は、国内外での資料・作品調査により、ブルゴーニュ公の肖像・祈祷者像の現存例についての包括的な調査を進め、各々について制作年・媒体・主題・図像内容・構図などの情報をリスト・アップした。また、次年度以降の比較・検討の準備として、初期フランドル絵画の祈祷者像の分析も進めた。これらの作業を通して得られた成果は、以下の3点である。 第1に、三代目ブルゴーニュ公フィリップ・ル・ボンの祈祷する姿が、初期フランドル絵画の祈祷者像との比較上、重要な表現を備えていることが明らかになった。とくに、『天使祝詞論』(1461年)など複数の写本挿絵に表わされた祈祷者フィリップの姿を詳細に分析することにより、新知見として、フィリップ自身をたたえる自己称揚的(self-admiring)な要素のみならず、いち信者として謙遜するような抑制的な表現が見いだされた。この点は、今後、初期フランドル絵画の祈祷者像との共通点を探るうえでの重要な要素となると考えられる。 第2に、ブルゴーニュ公が注文した大型のタペストリーが、自己称揚の表現を考察するうえで重要であることが明らかになった。とくにフィリップ・ル・ボンは、ギデオンやアレクサンダー大王などの過去の偉大な支配者を自身の「モデル(模範)」とみなしており、彼らの姿をタペストリーに表わすことで、支配者としてのフィリップの権威を強調していたことが明らかになった。 第3に、初期フランドル絵画の祈祷者表現の分析を通時的に進め、とくに15世紀後半にかけて、都市イメージを利用する自己称揚のありかたが市民層にまで広まっていたことを明らかにした。この分析で得られた視点は、今後、祈祷者像の比較・検討を行う際に考慮すべき要素となった。 以上の研究成果は、支配者の美術コレクションを論じた図書、および本務校の紀要(2冊)において論文として公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、ブルゴーニュ公の祈祷者像と肖像が、初期フランドル絵画の祈祷者像の「モデル(模範)」となっていたことを明らかにすることである。そのための作業として、第1に、当時フランドルの地を支配していたブルゴーニュ公の祈祷者像・肖像を包括的に調査・分析し、自己称揚的(self-admiring)な要素を明確にする必要がある。第2に、ブルゴーニュ公のイメージとフランドル絵画との比較・検討を通して、自己称揚的な要素が初期フランドル絵画の祈祷者像に共有されていることを示す作業がある。平成24年度中の研究においては、上記の第1点目を中心に作業を進め、興味深い知見を得ることができた。また、第2点目についても作業を進め、今後の研究の見通しを明確にすることができた。 第1に、ブルゴーニュ公の肖像・祈祷者像の現存例の包括的な調査を進め、各々について制作年・媒体・主題・図像内容・構図などの情報をリスト・アップすることができた。ただし、研究開始当初から予想していたように、リスト・アップするべき作例が膨大な数にのぼったため、平成24年度内では全ての作品調査を終えることは不可能であった。今後も継続的に作品調査に取り組む必要があるが、現段階では、研究協力者の助言も参考にしつつ、重要作例を選択し、図像分析を進めることができている。 第2に、初期フランドル絵画の祈祷者表現の分析を通時的に進め、自己称揚の観点から興味深い特徴を見いだすことができた。祈祷者像にも数多くの作例があるため重要作例を選択していく必要があるが、次年度に実施するブルゴーニュ公の祈祷者像との比較・検討のための準備を十分に整えることができた。 以上により、本研究内容は、おおむね順調に進展していると評することができる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究においては、ブルゴーニュ公の祈祷者像に自己称揚的な要素が表わされた宗教的・社会的背景の考察と、初期フランドル絵画に描かれた祈祷者像とブルゴーニュ公の祈祷者像との比較検討を行う。具体的には、以下のように研究を進める。 第1に、平成24年度に行ったブルゴーニュ公の祈祷者像・肖像の調査において、残された課題を補完する。とくに、図版情報がない作例や、図版は入手できたものの、高画質の画像もしくは実物による検討が必要と思われる作例に対しては、実物の調査・閲覧を試みたり、所蔵先図書館などから写真資料を取り寄せる。 第2に、自己称揚的な祈祷者像が表わされた背景として、ブルゴーニュ公の信仰心や、公が理想としていた支配者の姿について記した当時の記録や証言を検討する。平成24年度に行った研究では、フィリップ・ル・ボンの祈祷者像に、自己称揚的な要素のみならず、謙遜・抑制の表現も見いだされる点が重要な特徴として浮かびあがった。それゆえ、ブルゴーニュ公としてのフィリップの社会的立場を踏まえつつ、いち信徒としての宗教的感情も十分に検討する必要が生じている。本年度はこの点にとくに注意して研究を進める予定である。 第3に、フィリップ・ル・ボンの祈祷者像と、初期フランドル絵画の祈祷者像とを比較する。フランドル絵画の祈祷者像に関しては、ヤン・ファン・エイクの《ロランの聖母子》など、フィリップ・ル・ボンの祈祷者像を参照しえた画家・注文主の祈祷者像を中心に検討し、自己称揚と信仰心のバランスがどのように表わされているのかという問題を分析する予定である。 以上が今後の研究の推進方策である。上記の第2、第3の点に関しては、研究成果を論文にまとめて公表する予定である。
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