2015 Fiscal Year Annual Research Report
時空階層性の物理学 : 単純液体からソフトマターまで
Project/Area Number |
25000002
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
田中 肇 東京大学, 生産技術研究所, 教授 (60159019)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
荒木 武昭 京都大学, 理学研究科, 准教授 (20332596)
宮崎 州正 名古屋大学, 理学研究科, 教授 (40449913)
古川 亮 東京大学, 生産技術研究所, 准教授 (20508139)
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Project Period (FY) |
2013 – 2017
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Keywords | 時空階層性 / 単純液体 / ソフトマター |
Outline of Annual Research Achievements |
1. 水の物理に関して : (1)粘性異常に代表される動的な異常について研究を行い、水のダイナミクスが、従来言われてきた臨界減速やガラス化に伴うものではなく、2種類の局所的構造の存在によることを発見し、水の静的・動的異常を統一的に説明することに成功した(田中G)。(2)Stillinger-Weberモデルを用い、温度・圧力に加え、正4面体構造形成能を第三の変数として相挙動を研究した結果、ある条件下で三つの結晶相と一つの液体相が共存する4相共存が実現されること、すなわち、Gibbsの相律を破る初めての例を発見した(田中G)。2. 液体・液体転移に関して : Triphenyl Phosphiteにおいて、X線散乱測定により、2nm程度の大きさを持つ局所安定構造の存在を発見した(PNAS 112,5956 (2015))。また、同液体において液体・液体転移の可逆性を、分子性液体において初めて明らかにした(田中G)。3. ガラス転移現象に関して : (1)多分散剛体球において、遅いダイナミクスの起源となる相関長を正しく見積もるには、並進秩序に加え配向秩序を評価することが重要であることを初めて示した(PNAS 112,6920 (2015))(田中G)。(2)過冷却液体の密度緩和の様式に、局所的・非局所的機構の二つのタイプがあることを明らかにした(古川G, 田中G)。(3)過冷却液体のシミュレーションにより、熱力学的な理想ガラス転移の存在を示唆する結果を得た(PNAS 112,6914 (2015))(宮崎G)。(4)アモルファス物質においては、応力の長距離相関を反映した弾性率の長距離相関が存在し、それによる散乱のため、従来考えられてきたよりもフォノンが過剰に散乱されることを発見した(田中G)。4. 結晶化に関して : 液体における結晶的な回転対称性の破れの度合いが、結晶核形成に対するエネルギー障壁の高さを支配していることを明らかにした(田中G)。5. 非線形流動に関して : せん断流れ下にある液体の、壁面におけるスリップの新しい機構を発見した。また、高密度な粒子系における運動拘束に流体力学的相互作用が多大な影響を与えることを明らかにした(古川G, 田中G)。6. ソフトマターに関して : (1)2成分流体系のドロップレット型相分離について、真の粗大化機構を解明した(Nat. Commun. 5, 7407 (2015))(田中G)。(2)2次元駆動粉体系において、自己組織化に伴うエネルギー散逸の効果を実験・理論の両面から明らかにした(Phys. Rev. X, 5, 031025 (2015))(田中G)。(3)外場下における相分離の特徴的長さが、従来信じられてきたドメインサイズではなく、平均曲率の逆数で与えられることを明らかにした(荒木G、田中G)。(4)ゲル化における運動凍結が、ガラス化ではなく結晶化により実現されるという新しい機構を発見した(田中G)。以上のように液体・ソフトマターの時空階層性に関して、いくつかの基本的な問題を解明することに成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
水型液体の静的・動的な異常性の起源については、密度の異常が認識されて以来100年以上にわたり論争の種になってきた。我々は、昨年度研究を行った、密度異常に代表される熱力学異常に加え、温度低下に伴う急激な粘性の上昇、圧力印加に伴う低圧域での粘性の減少など、通常の液体では見られない特異な動的挙動について、TIP5P、ST2という典型的な水のモデルを用い研究を行った。その結果、水に2種類の特徴的構造が存在するという我々のモデルにより、水の静的・動的異常が統一的に説明できることを、新たな微視的構造秩序変数を導入することで明確に示すことに成功した。我々は、この発見により、水の異常の起源をめぐる長年の論争に決着をつけられるものと考えている。また、これまで分子性液体の液体・液体転移に関しても、微結晶説など多くの論争が存在したが、本年度行った研究により、転移の可逆性、二つの液体の共存の実験的証拠を明確に示せたことで、この論争にも決着をつけることができたと考えている。また、アモルファス物質において、従来知られていなかった弾性率の空間揺らぎに長距離相関が存在すること、また、それによりフォノンが過剰に散乱されることを発見した。この成果も、低温におけるアモルファス物質の比熱や熱伝導異常という長年の未解決問題に、まったく新しい視点を提供する成果であると考えている。その他にも、単成分系における4相共存(Gibbsの相律の破れ)を発見した。また、相分離構造の粗大化は、液滴の乱雑な熱運動による衝突・合体によりもたらされるという液体混合系の相分離の常識が実は正しくなく、ドロップレットの大きさの乱雑性に起因した化学ポテンシャル勾配に駆動され決定論的に起きていることを発見した。このように長年の論争の収束や、従来の常識の転換に貢献できるような成果が挙がっており、研究は極めて順調に進んでいると自負している。
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Strategy for Future Research Activity |
上述のように、本研究課題はこれまで極めて順調に遂行されている。以下、それぞれのテーマについて今後の推進施策を述べる。1. 水の物理に関して : 上記のように、水の静的・動的異常について統一的な物理描像を描くことができた。今後は、Si, Geに代表される水型の原子液体の異常性についてその起源を探るとともに、どのような物理因子が異常性の強度を支配しているのか、また、これらの液体において局所的に形成される安定構造と結晶構造の間にどのような関係があるのかについて明らかにし、水型液体の異常性についての統一的、かつ、普遍的な物理描像を得たいと考えている。2. 液体・液体転移に関して : 本年度購入した絶対位相差像の観測が可能な顕微観察システムにより、液体・液体転移の初期過程での構造形成について研究を行い、スピノーダル線の性質について研究を行うとともに、液体・液体転移の秩序変数と結晶化の秩序変数の結合、ひいては、前者の臨界的な揺らぎによる結晶核形成頻度の異常な増大の可能性について研究を行う予定である。また、D-Mannitolにも、液体・液体転移の存在の可能性があり、これについても、上記の顕微観察システム、昨年度購入した超高速DSCを用いて研究を行う予定である。3. ガラス転移に関して : 我々は、ガラス転移近傍の遅いダイナミクスの背景に静的な構造の形成があると考えている。多分散剛体球系においては、配向秩序が重要であることを明らかにしてきたが、2成分混合系などにおいては、他の構造因子が重要であると考えられる。そこで、液体のダイナミクスを支配する普遍的な構造秩序変数の探索を行う。また、過冷却液体は、ずり流れのもとで、ずり速度の増加に伴い急激に粘性が低下するシアシニングと呼ばれる現象を示すことが知られているが、その物理的な機構を解明したいと考えている。また、本年度発見したアモルファス状態における弾性率ゆらぎの長距離相関が、フォノン物性以外のどのような物性に影響を与えるのかについても研究を行う予定である。さらに、引き続きガラスのエイジングについても継続した研究を行う。これらの研究は、田中G、宮崎G、古川G、小貫Gの連携のもとに行う予定である。4. 過冷却液体からの結晶化の微視的過程に関して : 一般的な常識に反して、ガラス状態においても結晶化が進行することが知られており、これはガラス状態の安定性に関連した極めて重要な問題である。昨年度に引き続き、実験・数値シミュレーションにより、その微視的な機構、素過程を明らかにする予定である。5. 非線形流動に関して : 流体粒子ダイナミクス法を用いて、液体に分散した粉体系の非線形流動の機構を解明するとともに、液状化機構の解明にも取り組む予定である。また、本年度研究を行った液体の固体壁近傍でのスリップに関して、粘弾性緩和がどのような影響を与えるかについて研究を行う予定である。これらの非線形流動の問題には、田中G、荒木G、古川Gが協力して取り組む予定である。6. ソフトマターに関して : 荷電コロイド、荷電高分子系、荷電膜系の構造形成、電場下でのダイナミクスに関して、本年度は電荷の解離度の自由度を粗視化レベルで扱うことに成功したが、微視的なレベルでどのようなことが起きているのかは未解明であり、分子動力学シミュレーションにより、それを明らかにする予定である。また、高分子溶液の相分離過程で形成される過渡的ゲル状態については、その性質がほとんど理解されていないのが現状であり、過渡的ゲルの形成・消失過程の詳細な研究により、その解明を計る。さらに、コロイド粒子を全粒子実時間で捕捉することにより、ゲル化における運動拘束の機構を一粒子レベルで明らかにする予定である。各研究テーマにおいて、研究分担者、連携研究者の間でコミュニケーションは緊密にとられており、協力しながら液体・ソフトマターにおける時空階層性に迫るべく成果を上げていきたいと考えている。
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Research Products
(75 results)