2013 Fiscal Year Annual Research Report
「作品における制作する手の顕在化」をめぐる歴史的研究
Project/Area Number |
25284029
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (B)
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 俊春 京都大学, 文学研究科, 教授 (60198223)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
根立 研介 京都大学, 文学研究科, 教授 (10303794)
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 美術史 / 芸術諸学 / 筆致 / 即興性 / 油彩スケッチ / マーケティング / 国際情報交換 / ドイツ |
Research Abstract |
研究の出発点として、西洋の近代以降の絵画では、色彩そのものの美的効果が重視されるとともに、描くという行為そのもの、すなわち、絵の具を画面に置く画家の作業に対する関心が強まり、制作する手の痕跡が前面に出てくることとなったという事実を確認した。 そして、こうした近代における絵画の描写方法の変容にとって少なからぬ影響を与えたとされる、17世紀のフランドル、およびオランダ絵画を取り上げて、同時代の美術批評において、絵の描写方法が、どのように識別され、評価されていたのかを、主として中村が考察した。その結果、17世紀当時には、前世紀以来の伝統を踏まえて、画家の描写方法は、透明な絵の具を細かい筆致で薄く塗り重ねて描く「精密な様式」と、色斑や粗い筆触で描き、絵の具の厚みのある非均一的表面を有する「粗い様式」の二つに大別されており、様式の相違による絵画を見る適切な距離への配慮、あるいは、描かれる主題に合わせた様式の選択の問題など、興味深い議論が展開されていたことが明らかになった。 一方、平川は、16世紀後半から17世紀前半のヨーロッパで流行した、銅板や石板などの特殊な素材に描かれた絵画について、調査研究を行った。こうした特殊な絵画形態においては、描かれたイメージと「制作する手」の痕跡との関係は、通常の板やカンヴァスに描かれる油彩画とは異なった様相を示す。銅板油彩画では、銅の滑らかな表面を利用して筆触は徹底的に隠ぺいされたのに対し、石板油彩画では、石紋の一部が絵具を塗られることなくむき出しのまま絵画表現に流用されることにより、「画家の筆の跡」が「自然の生み出した造形」と対置して鑑賞されることになる。こうした、特殊な支持体を利用しての諸々の試みは、一風変わった「制作する手の痕跡」を求める美術愛好家たちの嗜好を反映していると推測されるので、この点についてさらに研究を進めたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「作品における制作する手の顕在化」の問題を検討するための出発点として、近代以降の美術の展開、および芸術理論において、芸術家の制作する手の痕跡が非常に重視されるようになった経緯を解明する必要があった。そこで、この問題を考察するのに必要な資料を収集し、その流れを明らかにした。 西洋においては、16世紀中頃から、制作する手の痕跡を残さない「精緻な様式」と、筆触の跡が露わな「粗い様式」という、大別して二つの様式が併存するようになるが、これらの様式がどのように使い分けられ、どのように評価されてきたのかを明らかにすることはきわめて重要である。そこで、中村を中心に西洋美術史関係の研究者たちで、その検討を行い、議論の特徴を考察した。また、油彩スケッチや素描に対する関心の高まりという問題についても、海外で資料収集を行うなどして、その検討に着手することができた。 加えて、本研究にとって、絵の描かれる支持体の特徴について考察することが重要であるが、この問題については、平川が、カンヴァスや板などの通常のタブローに用いられる支持体以外の特殊な支持体に描かれた作品に関する非常に興味深い考察を行い、論文を執筆した。この論考から、「制作する手の痕跡」の考察のためには、「神秘の作用の痕跡」に関する検討も必要なことが明らかとなったのであり、今後さらなる研究の展開が期待できるだろう。 日本美術史関連では、安田を中心に、絵画制作における下絵と本画についての関係性の調査に着手し、今後、下絵に対する評価の特徴についての考察を深めていくための準備ができた。 以上の理由により、本研究は、概ね順調に進展していると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
平成25年度は研究の初年度であり、資料収集を進めながら、各人がそれぞれの研究テーマについての研究に着手した。 西洋美術史に関連する研究については、近世、近代美術のいずれの分野についても順調に研究は進展している。ただ、オランダ、ドイツ、フランス、スペインでの作品調査については、仕事のスケジュールの都合で十分には行えなかった点もあり、次年度以降、作品の調査先との連絡をより密にして、積極的に調査を進めることにしたい。特に、普段美術館に展示されていない素描の調査を重点的に行う。 日本美術史に関連にする研究については、資料収集、作品調査ともに順調に進展している。今後は、それらの資料を生かして、具体的な作品研究に取り組むことになる。 また、個々の研究の進展に比して、研究グループ内での情報交換の機会がいささか不足していたように思われる。そこで、平成26年度以降は、中村がより一層積極的に調整役を務めて、平成25年度以上に頻繁に研究会を開催して、各人の研究の成果が全員で共有できるように工夫する。そして、それを通じて、個々の研究が、全体としてのまとまりを形成するものとなるように一層配慮することにしたい。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
平成25年度は学術研究助成基金助成金のうち約150万円が未使用で次年度繰越金となったが、これは、購入を予定していた図書の一部の刊行が遅れて購入できなかったほか、コンピューターについても、適切な機種の販売を待って、一部既存のものを使い続けることにしたからである。また、中村の勤務の都合で、予定していただけの期間、海外での作品調査、資料収集を行うことができなかった。 平成26年度は、繰越金を加えて516万円あまりの予算となるが、物品費156万円あまり、旅費260万円等の使用を予定している。これらの予算を有効に活用して、資料を購入するとともに、ドイツ、オランダ、フランス、スペインにおける作品調査、資料収集の機会を増やし、併せて海外の研究者との情報交換を積極的に行うようにする予定である。
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