2014 Fiscal Year Annual Research Report
「作品における制作する手の顕在化」をめぐる歴史的研究
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25284029
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 俊春 京都大学, 文学研究科, 教授 (60198223)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
根立 研介 京都大学, 文学研究科, 教授 (10303794)
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 美術史 / 芸術諸学 / 筆致 / 即興性 / 油彩スケッチ / マーケティング / 国際研究者交流 / ドイツ |
Outline of Annual Research Achievements |
研究の2年目に当たる本年度も、昨年度に引き続いて、研究代表者、研究分担者、連携研究者が、「制作する手の顕在化」の問題に関連する各自の研究テーマに即して、資料収集、作品調査を行った。また、中村俊春、平川佳世、根立研介、永井隆則、および吉田朋子が、これまでに進めた研究内容をまとめた中間的な研究発表を一般公開の形で行い、研究の進捗状況を確認するとともに、さらなる展開にとって必要かつ重要な視点について議論した。 中村は、元々は習作、あるいは工房内で用いられる制作のための補助手段として描かれていた油彩スケッチが、17世紀を通じて次第に美術市場において独立した作品として流通して行く過程を探り、その現象と平行して、画家の技法の特徴を顕著に示すような仕方で人物の頭部のみを描き出したトロニーと呼ばれる小型の油彩画が一種の絵画ジャンルとして成立する状況について検討した。こういった油彩スケッチ風の描写法を特徴とする作品は、18世紀のフランスでも流行したことが知られている。吉田は、フラゴナールの「幻想的肖像画」と称される一連の作品について、そこで顕在化している筆触が一種の画家の霊感の痕跡として意識されていた可能性について、当時の美術批評の検討を通じて考察した。また、19世紀後半の印象派の画家たちも、筆触の美的効果を重視したが、永井は、彼らが批判したアカデミーの画家たちが重視していた<fini>の問題を検討し、それが作品の商品的価値を保証するものとして機能していたという興味深い事実を指摘した。 一方、平川は、デューラーの《悲しみの人》を取り上げて、金属が腐食したかのような独特の描写方法が、神的なる存在の顕在化を示唆するための造形上の工夫であったという点を明らかにした。また、根立は、鎌倉時代の仏像に記された造像銘記の検討を通じて、当時、作者の問題がどのように意識されていたのかを検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度進めた美術理論面の研究、資料収集、作品調査を受けて、本年度は、特に、近世から近代にかけての西洋美術における重要な諸作例に即して、「制作する手の顕在化」の問題を具体的に検討、考察することができた。そして、2014年10月4日の国際コロッキウム、ならびに2014年12月21日の研究発表会で、5人の研究者が、これまでに明らかにできた事実に基づく研究報告を行った。そのうち、中村のフランス・ハルスに関する論考、および平川のデューラーに関する論考については、2015年中に刊行予定の国際コロッキウム論文集に掲載される。この国際コロッキウムには、トリアー大学のアンドレアス・タッケ教授を招聘して、ルカス・クラーナハの絵画制作の問題についての研究報告を行ってもらった。クラーナハは、大規模な工房を組織して、類似作品を多数制作したことで知られるが、人物表現において個性的な作風は示すものの、制作の痕跡をほとんど示さないそれらの作品が当時どのように受容されていたのか、重要な示唆を得ることができた。 一方、日本美術史の分野については、根立が中世の仏像の造像銘記に着目して、仏像の制作者に対する視線が、当時どのようであったのかを考察した発表を行った。これにより、根立は、中世における作者の問題に関する研究の基礎づけを行うことができた。また、安田篤生と宮崎ももが担当している日本近世絵画における下絵と本画の関係性をめぐる研究については、昨年度に続いて考察の対象となる作品の調査、資料収集を行い、その検討にも着手した。また、阿部成樹は、20世紀の美術史において、筆触の問題がどのように評価されていたのかを、フォシオンの著作をよりどころに考察すべく、文献的研究を進めている。 このような状況からして、研究は概ね、予定通り順調に進展していると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度には、過去2年間の資料収集、作品調査の成果を生かしながら、研究の完成に向けて、各メンバーが自らのテーマに関する研究を一層深める予定である。そのために、研究代表者である中村は、研究発表会などの機会を設けて、メンバー全員が、他のメンバーの研究成果を共有して、自らの研究にも生かせるように配慮する。また、オランダ、ベルギー、ドイツの研究者たちと連絡を取って、国際コロッキウムの企画を練る。 当該年度に取り組む最も重要な研究課題は、次のとおりである。一つには、制作する画家の手の痕跡を顕著に残す素描や油彩スケッチが、16世紀から18世紀の西洋でどのように評価されたのかを検討し、芸術愛好家による習作的性格の作品に対する評価が如何なる新しい傾向の作品を生み出すに至ったのかを明らかにする。中村と深谷訓子は、画家の妙技を示すトロニーと呼ばれる作品群に関する研究を一層深めるために、ヨーロッパおよびアメリカの美術館に収蔵される関連作品のリストを作成し、作品調査を行う。また、吉田は、フランスのフラゴナールが制作した一連の「幻想的肖像画」の検討を通じて、オランダのトロニーとの類似点と相違点を探り、フランス18世紀美術におけるスケッチ風の作品の位相を明らかにする。フランスでの作品調査も行う。また、平川は、16世紀のドイツで流行した表現主義的な傾向の作品調査を行い、その種の様式を示す作品の後世への影響を探る。 一方、阿部と永井は、19世紀から20世紀のフランスで、粗い筆触と精緻な様式がどのように評価されていたのか、それとも批判されていたのか、文献資料を中心とした研究を進める。さらに、日本美術に関しては、根立が、仏像の制作者が中世においてどの程度評価されていたのかという問題に関する研究を継続し、安田と宮崎は、それぞれ、尾形光琳の画稿、あるいは円山応挙の門人たちの作品を、さまざまな所蔵先で調査する。
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Causes of Carryover |
平成26年度は学術研究助成基金助成金のうち約160万円が未使用で次年度繰越金となった。これは、購入を予定していた図書の一部が刊行が遅れて購入できなかったほか、画像データベース作成のためのコンピューターの一部に関しても、新たなOSの公表を待って購入することとして、既存のものを使い続けることにしたからである。また、旅費については、平川が、幸いにもドイツでの在外研究の機会を与えられたために、航空券の費用等が節約できたのに加えて、中村の大学での仕事の都合で、当初予定しただけの日数、海外で作品調査、資料収集を行うことができなかったからである。また、招聘を予定していた海外の研究者の都合がつかなくなり、平成27年度以降に延期することにした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成27年度は、繰越金を加えておよそ510万円の予算となるが、物品費200万円、旅費250万円、人件費謝金30万円、その他30万円の使用を予定している。これらの予算を有効に活用して、文献資料ならびにコンピューターを購入するとともに、ドイツ、オーストリア、ベルギー、フランス、スペイン、アメリカにおける作品調査、資料収集を行う。加えて、研究成果を海外に向けて発信するために、英語論文校訂のための経費としても使用する。また、目下、海外の研究者との情報交換を積極的に行うべく、国際コロッキウムの準備を進めているが、スケジュールの調整が順調に進めば平成27年度中に開催することとして、そのための招聘旅費としても使用する。
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