2016 Fiscal Year Annual Research Report
「作品における制作する手の顕在化」をめぐる歴史的研究
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25284029
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 俊春 京都大学, 文学研究科, 教授 (60198223)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
根立 研介 京都大学, 文学研究科, 教授 (10303794)
平川 佳世 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10340762)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 美術史 / 芸術諸学 / 筆致 / 即興性 / 油彩スケッチ / 描法 / 絵画論 / 国際研究者交流 |
Outline of Annual Research Achievements |
4年次の本年度は研究のとりまとめを主として行い、「作品における制作する手の顕在化」の歴史的研究という課題について、近世初頭から20世紀に至る包括的な成果を得た。 作品の造形要素と作り手の創造行為を関連づける態度は、15世紀イタリアの素描や16世紀初頭ドイツのエッチング等に萌芽がみられる。16世紀中頃には、荒い筆致で油彩画を描く手法が注目されるようになるが、17世紀ネーデルラントでは荒い筆致に適した主題が模索され、続く、18世紀フランスでは荒い筆致が画家の霊感の表現にふさわしいとみなされるようになったことが確認される。一方、巨匠の手に対する現在とは異なる判断基準が存在したことも、看過しえない。 17世紀以降、油彩スケッチを美的に捉える態度も形成された。先鞭をつけたのは若きルーベンスで、注文獲得の戦略として美的鑑賞に耐えうる油彩モデッロを制作した。その後、精緻な仕上げを重視する傾向にあった19世紀フランスのアカデミーにおいて、画家たちは油彩スケッチにおいて先進的な表現を模索し、イギリスでは、コンスタブルの自然観察に基づく油彩スケッチが、自然への誠実さという宗教的美徳をも備えたものとして評価された。 制作する手の動きを端的に示す筆致を率直さや誠実さに結びつける態度は、前衛画家セザンヌにも認められる。セザンヌはアカデミー風の精緻な仕上げを虚飾と排し、芸術家の個性や感情を示す生の筆致こそ芸術のあるべき姿とした。その後、フォシヨンは、機械生産の進む時代に手仕事を重視する立場から、芸術的創造行為における手の積極的役割を主張したのである。 「作品における制作する手の顕在化」がさほど顕著でない前近代の日本でも、中世仏教彫刻の造像銘記から仏師の手に対する当時の認識を観取しうる一方、近世世俗絵画には、一作品のなかで意図的に複数の画派の描法を使い分ける作例も存在するなど、興味深い事例が確認された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでの3年間の調査研究を受けて、4年次にあたる本年度は、研究のとりまとめと成果公表を重点的に行った。従来の研究チームに加えて、昨年度、新たに4名(州立シュトゥットガルト美術アカデミー教授ニルス・ビュットナー、アムステルダム国立美術館グレゴール・ヴェーバー、ビクトリア&アルバート美術館マーク・エヴァンズ、ダラス美術館ニコル・マイアーズ)を共同研究者に選定して研究態勢の補強をはかった結果、研究課題に関する切れ目のない包括的な知見を得ることに成功した。 本研究は、研究成果を国内外に広く発信して多くの研究者と意見交換を行うとともに、その成果を社会に還元することを重視している。こうした立場から、研究成果の公表にあたっては、一般聴衆にも開かれた国際コロッキウムKyoto Art History Colloquium: Appreciating the Traces of an Artist’s Handを開催した(2016年9月25日、京都大学文学研究科)。本コロッキウムでは、当初からのメンバーに加えて、上記の新規共同研究者4名も各々研究成果を発表した。インターネットやチラシ等を用いて広く告知したこともあり、全国から多くの研究者が参加し、また、近畿圏の諸大学の学生も複数聴講に訪れるなど、社会への情報発信という点で有意義な企画であったと判断される。 コロッキウムの成果は、日本、アメリカ、ヨーロッパの多数の研究機関に蔵書されている京都大学文学研究科美学美術史学専修の英文紀要Kyoto Studies in Art Historyの第2巻として、2017年の3月に刊行した。また、日本美術に関する論文を中心に掲載した日本語論集も併せて刊行した。2論集所収の論文は、京都大学学術レポジトリにも掲載する予定である。 以上のような状況から、研究はおおむね順調に進展していると判断される。
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Strategy for Future Research Activity |
「次年度使用額が生じた理由と使用計画」の項目でも述べるように、本科研は、平成25年度から平成28年度までの4年間を、当初の研究期間としていた。しかし、平成28年度、学術行事開催に際して行った経費節減の努力が功を奏し、学術研究助成基金助成金に余剰が得られた。そのため、この余剰した学術研究助成基金助成金を有効に活用して、より高次な研究成果を得るために、科学研究費助成事業補助事業期間延長承認申請を行い、これが認められたのである。 本科研に関する研究成果のとりまとめと公表は、平成28年度に一応は終了している。そこで、新たに研究期間として認められた平成29年度には、より高次の成果を得るため、平成28年度に取りまとめた研究成果に関する追加研究を行う。具体的には、平成28年度末に刊行した2冊の成果論集(Toshiharu Nakamura (ed.), Kyoto Studies in Art History, vol. 2, Appreciating the Traces of an Artist's Hand, 2017; 中村俊春編『作品における制作する手の顕在化をめぐる歴史的研究』2017年)を国内外の研究者に周知し、その批判を得ることで、研究成果のさらなる精錬に努める。関連する美術品の追加調査については、西洋美術史・日本美術史それぞれを専門とする研究分担者が中心となって、効率的な実施をめざす。それと並行して、平成29年度に新たに刊行される美術史研究の最新の成果を網羅しつつ、本科研の研究成果全般を総括し、その展望を示す総論を執筆する予定である。この総論により、本科研の研究成果の美術史学における位置づけを明確にするとともに、一つの研究モデルを提示することができると考える。
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Causes of Carryover |
本科研は、平成25年度から平成28年度までの4年間を当初の研究期間としていた。しかし、平成28年度の研究計画を実施するうちに、早い段階で、学術研究助成基金助成金が余剰する見込みが生じた。それは、海外の共同研究者を日本で開催する国際コロッキウムに招聘するに際して、早期に日程調節を行って格安航空券を購入することができたこと、搭乗時にはエコノミー・クラスを利用することを全招聘者が合意したこと、コロッキウム開催に際しては、大学の無料会場を利用したり、インターネット等の活用により広報費用を最小限に留めたりしたこと、さらにはすべての発表者が英語に堪能だったため同時通訳を雇用する費用が生じなかったことなど、学術行事の運営面で大きく予算を節約できたことが理由である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
そこで、この余剰した学術研究助成基金助成金を有効に活用して、より高次な研究成果を得るために、科学研究費助成事業補助事業期間延長承認申請を行って、これが認められた。そのため、新たに、平成29年度には、平成28年度に取りまとめた研究成果に関する追加研究を行うこととした。具体的には次の通りである。まず、平成28年度末に2冊の論集によって公表した研究成果については、近々、反響が寄せられると想定されるので、そうした反響も視野にいれつつ、国内外の当該作品についての補助調査を進め、必要によっては、関連分野との研究者との情報交換を行う。そのための国内外旅費を使用する計画である。また、平成29年度に新たに刊行される美術史研究の最新の成果を網羅しつつ、本科研の研究成果全般を総括し、その展望を示す総論を執筆する予定である。そのための図書費および英文校正料も使用する。
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Research Products
(31 results)