2016 Fiscal Year Research-status Report
明清教派系宝巻盛衰の研究―武神と聖母神信仰をめぐって―
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25370040
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
磯部 彰 東北大学, 東北アジア研究センター, 名誉教授 (90143841)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 大運河 / 香山寶巻観音 / 普度新聲救苦寶巻 / 西王母寶巻 / 北京の経鋪 / 三祖行脚因由寶巻 / 殷祖 / 姚祖 |
Outline of Annual Research Achievements |
明代教派系寶巻の出版が、北京の経鋪で行われ、皇妃や太監らが予想通り支援者であったことから、聞香教の反乱を除けば、ほぼ地域宗教的な扱いであり、明実録にも記録がないに等しい。この背景には、萬暦帝が仏教を尊崇したり、萬暦帝の生母が水陸画を作成した例もあり、皇姑寺と呼ばれた保明寺が、嘉靖・萬暦・崇禎各皇帝の生母と密接な関係があったことによる。『普度新聲救苦寶巻』は西大乗教の教祖の伝記であるが、この寶巻より西大乗教の拠点が保明寺にあったことは、羅教の布教が華北で進んでいたことを窺わせる。とりわけ北京・山東方面での布教は、教派系寶巻にこの地方で流布していた民間伝承が教義に取り込まれる結果になったと思われる。その反面、北京での喜捨による出版は、宗教の中での流通が主であったため、書籍経典の流布という観点からすると、南京や建陽の出版のような商品とは異なった流通をしたと考えられる。萬暦以降、羅教は、大運河を縦軸に江南、そして、福建などの華南にも信仰組織を形成して拡大し、信者を獲得していった。『三祖行脚因由寶巻』には、「太上祖師三世因由總録序」に康熙二十一年済陽普浩楫梓とあることから、清の康熙21年霊山正派普浩の刊行が最初らしい。三祖とは、「山東初度」の羅祖、「縉雲舟轉」の殷祖、「慶元三復」の姚祖の三聖祖と呼ばれる宗教者で、羅、殷、姚と転生したとする。殷祖は、嘉靖十九年に生まれ、台州、武義、金華、温州まで教勢を広めたが、萬暦0;十年温州で官に捕縛されて刑死した。姚祖は萬暦六年に慶元に生まれ、明末に軍閥楊鼎卿に捕らえられ、丙戌年に殺された。姚祖の家族は清になっても生き延び、康熙辛亥まで法灯を伝えた。 『三祖行脚因由寶巻』は、羅教の江南・華南を伝えるものであり、教派寶巻が江南に定着しつつ、宗教教義を薄めて故事系寶巻に転化し、清中期以降、杭州や紹興などで行われた流れを示す資料である点が明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度は、当初は最終年度のため、教派系寶巻の女神系寶巻の解読を完了し、さらに武神系寶巻に加えて、新たに加えた文神系寶巻の特徴もとらえた。そして、女神系寶巻には、西王母寶巻、摩利支天寶巻、香山寶巻観音伝説も加えることになり、研究テーマの拡充をした。その反面、明清交代期、福建にも行き渡った教派寶巻は建陽の出版物にはならなかったのは、清朝と鄭成功らの南明との戦闘が福建で続き、さらに、三藩の兵乱も加わり、既に商業出版の環境がなくなっていたためではないかと推測された。この点は、嘉靖建陽県志、萬暦建陽県志、そして、民国建陽県志の比較から裏付けられていると考えている。同時に、江南地方での故事系寶巻の形成は、明後期、商品の流通とともに、運送業者などの往来が寶巻の流布を支え、清中期以降の禁圧から、芸人や地域住民の受け入れやすい勧善書的な物語に変化したのではないか。この点、路程書、日用類書の地理などが参考になる可能性が出てきた。 このように、江南以南の羅教や教派寶巻の流転の当初にない研究成果と新たな見通しも出てきたため、平成29年度に研究期間を延長し、江南の故事系寶巻の成立について解明を進めることになっているので、研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度のため、教派寶巻の出版地とその版元、出版時期が原典より明確になっているので、まずこれをまとめる。次に、観音と泰山娘娘の関係を示す寶巻の物語比較から女神系寶巻の特徴を導き、武神系寶巻を加えて、明末の西大乗教の寶巻の形成を物語と地域という観点からまとめる。 そして、全体を「明代後期の羅教の展開と保明寺西大乗教の形成」という論題の下、研究期間で明らかにした事項をもとに、 1西大乗教の寶巻とその種類 2武神系教派寶巻に見る故事と明代白話文学 3女神系教派寶巻に見る故事と明代白話文学 4西大乗教教祖呂氏及び帰圓と寶巻の観音と泰山娘娘5大運河と黄河沿岸の神格・故事及び商品流通・書物船 6教派系寶巻をめぐる建陽江南の出版と北京の経鋪 7明代における教派系寶巻と故事系寶巻の関係 8清初康熙年間における教派系寶巻の重刊 9清代教派神及び祖師の工商ギルド神への変遷 10清末光緒前後における教派系寶巻の復活 11西大乗教を中心とする教派系寶巻の特徴について―まとめを兼ねて― 12補論;本地垂迹説と羅教系寶巻とにおける類似的発想 13各教派系寶巻の要約 霊応泰山娘娘寶巻・三祖行脚因由寶巻・天仙聖母源流泰山寶巻・香山寶巻・護国佑民伏魔寶巻・護国威霊西王母寶巻などの西大乗教関係の寶巻 という流れで成果論文を完成に導く。
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Causes of Carryover |
当初予定していた国際会議の参加に伴う旅費が、会議主催の復旦大学から支払われることになり、その分が残った。また、出張により蒐集すべき資料の一部がインターネット公開されていたことから、旅費交通費に残余が発生した。一方、平成28年度で終了する予定であった本研究課題について、新たな資料の出現で、当初からの研究の展開が拡大し、その成果を取り入れた論考を作成するにあたり、研究期間の延長を申請して承認されたため、調査及び使用資料の再確認などのための旅費の必要性が出てきた。そのため、平成28年度の予算の残余を、次年度の旅費に充てる予定である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
残額は旅費を中心に使用し、本研究に係わる明代の資料蒐集とその確認のために使用する。仙台: 東北大学附属図書館 3回、東京: 国立公文書館・東洋文庫・東京大学東洋文化研究所4回、名古屋:蓬左文庫1回 旅費以外では、本研究に資する国内外の論文、及び資料入手のために、通信用のインターネット接続用携帯Wi-Fiの購入をする予定である。
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Research Products
(3 results)