2013 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
25370095
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 社会思想史 / トラウマ / 記憶 / ラテンアメリカ(中南米) / 文化産業 |
Research Abstract |
本研究の目的は、南米諸国における人権侵害の記憶が、民主化移行期を経ていかなる過程で集合的トラウマの記憶として公的に認知され、文化的な「商品」として流通し、消費されてきたかを解明することに焦点を当てている。また、「商品化」された記憶が、現地の社会・文化状況においていかなる機能を果たしてきたか、人権侵害の記憶の継承にどのような影響を及ぼしてきているかを明らかにする。分析対象としては、ほぼ同時期に権威主義体制下にあったアルゼンチン、チリ、ウルグアイを中心的にとりあげる。「商品化」による記憶の「陳腐化」が生じる側面をとらえるだけでなく、そこでいかなる言説が生み出されているかを明らかにすることによって、集合的な記憶の流通・消費と、記憶の再生産・再創造のダイナミズムをとらえようとするものである。 平成25年度は、すでにアルゼンチンについては、当該研究者に一定度の研究蓄積があるので、もっぱらこれまであまり目配りしてこなかった隣国チリとウルグアイを中心に資料を収集し、分析を進めた。チリの民主化過程に関する研究は、従来は政治学的・社会学的アプローチが主流であったが、近年になってから、文化理論を用いた思想研究や文化論研究で重要な研究が多く出されている。平成25年度は、これらの諸研究を手がかりに、チリの民主化過程におけるトラウマ的記憶の「商品化」に関する言説分析を進めた。なかでもNelly Richardが中心となって発行した雑誌『文化批評雑誌』Revista de Critica Culturalは今では入手困難だが、全巻を保存しているカリフォルニア大学バークレイ校で同雑誌の分析を行った。ウルグアイについては当初想定していた国内の出版物による分析では不足することが判明したため、出版ジャーナリズムの蓄積が豊富で、ウルグアイ人批評家や研究者が積極的に寄稿してきたアルゼンチンの紙誌を中心に分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成25年度は、もっぱらチリとウルグアイに関する分析を進めることとしてきた。チリについては、現在では入手困難な『文化批評雑誌』等、軍政下での記憶の問題の現状分析を、きわめて高度な理論的枠組みのもとで展開した雑誌をカリフォルニア大学バークレイ校で参照し、分析を進めることが可能となった。その過程で、Tomas Moulianのような新しい世代の批判的批評家によって、軍政下以来Nelly Richardらが展開してきた左翼知識人の批判的言説そのものが新たな批評の対象とされてきていることが判明した。こうした新しい世代の誕生とその言説の広がりは、チリにおけるポスト軍政の記憶の継承にきわめて重要な影響を与えていると思われるが、現在までのところ、そうした新しい世代の言説を総合的に把握するところまでは資料収集ならびに分析は至っていない。今後、チリのケースについては、この点が中心的な課題となると思われる。 他方、ウルグアイについては、ウルグアイで出版された文献資料の収集をめざしたが、当初予想していたほど当該研究に関連する資料はウルグアイ国内では出版されていないことが判明した。このこと自体が、ウルグアイにおいて「記憶の政治社会」形成に立ちはだかっている困難を指し示していると思われる。軍政下でなされたウルグアイ人に対する人権侵害については、隣国アルゼンチンにおいて研究がより進んでいる部分も多いと考えられる。これについては、部分的には軍政下において南米各国軍政間の秘密協定「コンドル作戦」によって、人権侵害の国際的なネットワークが存在していたことが影響していようが、そのことだけをもって現在のウルグアイにおける「記憶」言説の貧困な状況を判断することはできないだろう。この点については、ウルグアイ国内の出版状況・メディア状況等とあわせて、より深い分析が必要である。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度の研究過程で浮上した新たな課題(チリについては政治文化をめぐる批評空間における次世代の批評家らの言説活動への着目とその言説分析。ウルグアイについてはウルグアイ国内における批評空間の形成困難な現状の分析)とは別に、南米において「記憶の政治学」の中心的な役割を演じてきているアルゼンチンのケースについて、複数の観点から解析を進める。平成26年度から27年度にかけては、なかでも以下の諸点について分析する。1.ミュージアム(記憶博物館や、文化保存の対象とされ一般公開されている「トラウマ現場」trauma site等)、2.文化産業(文学、映画、音楽等)、3.専門領域の確立(大学講座設置、専門雑誌・書籍シリーズの刊行、公的イベント等の開催)である。「商品化」されたトラウマ的記憶が、現地の政治・社会・文化状況において、いかなる機能を果たしてきたかを明らかにすることがめざされる。また、前年度に行ったチリやウルグアイのケースとの比較をつうじて、3国間の同質性と差異を明らかにし、トラウマ的記憶の社会的機能の多様性と特徴を析出させる。比較分析のトピックとしては、チリとの比較については、軍政下の時代の制度的暴力の影響を直接被ってきていない新たな世代における「記憶継承」だけでなく、「記憶継承」の試み(公的・私的なものを問わず)に対するさまざまな反応や批評的応答がどのような広がりをもち、それがいかなるしかたで「近過去の歴史」historia recienteと総称される軍政下の「歴史」叙述を生み出しているかに注目する。ウルグアイとの比較については、国の枠組みを超えたナショナルな暴力の記憶の生成メカニズムに注目する。日常的に人々が国境を越えて移動するラプラタ地域(なかでもブエノスアイレス=モンテビデオ間)における記憶形成実践の具体的な諸文化現象を分析する。
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Research Products
(1 results)