2015 Fiscal Year Research-status Report
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25370095
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 人権 / 記憶 / フェミニズム / ケアの倫理 / ラテンアメリカ / 国際法 |
Outline of Annual Research Achievements |
14年度に引き続き「記憶の文化」保存と継承、「商品化」過程の分析(ミュージアム形成に至る歴史過程分析)を進めた。また15年11月に「人権政治」と反新自由主義を掲げたキルチネル=エルナンデス政権が敗北し新自由主義を推進するマクリ政権が発足した政治的激変を受け、前政権の「人権政治」を総括すべく、政権発足に先だち実施された94年憲法改正の人権条項の意味と問題点を詳かにする作業に着手した。 また憲法改正において国際法の国内適用可能性を高めるうえで重要なアクターの一つとして非政府組織CELS(Centro de Estudios Legales y Sociales)の役割を精査した。従来分析の中心においた「五月広場の母たち」は市井の女性が構成するのに対しCELSは弁護士や法学者等の専門家が構成し、記憶継承や行政府との距離感、改正憲法との関係について両者の立場にはずれがある。人権をめぐる"epistemic community"(H.H. Koh)の形成においてそうしたズレが持つ意味を明らかにすることは、人権の文化政治における「母的思考」の政治的効果をはかるうえで重要である。 また「人権」概念の再検討に際して必須の理論的研究を深めるため、フェミニズム政治学を軸とした理論枠の再検討を行った。フェミニズム政治学理論のラテンアメリカ研究への適用はほとんど行われていない。しかし「記憶の文化」継承を積極的に担ってきた社会的な主体が女性や若者といった社会的マイノリティであることを考えると、「記憶の文化」の保存・継承とその「消費」を考察するにあたって、フェミニズム理論の「母的思考」や「ケアの倫理」といった一連の理論枠は分析を深化させるうえで有意義である。フェミニズム政治学理論の適用は、南米における記憶の政治学と他地域における記憶の政治学の比較研究にも寄与するだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
AMIA事件を手がかりにアルゼンチンにおける「人権」概念の分析を進めるなかで、1994年憲法改正が「人権」に関する法的枠組みに根本的な変化をもたらしていることが明らかになり、国内法と国際法を接合させるトランスナショナルなアクターとして人権NGOを位置づけなおす必要性が判明した。そのことにより、これまで行ってきた文化的側面だけでなく、法的側面から「人権」の政治的機能を考察する可能性の示唆を得た点は有益であった。 なるほど憲法改正は、司法判断の現場の実態としては(AMIA事件解明への消極姿勢に明らかなように)ドラスティックな変化をもたらしたわけではない。しかしながら、記憶の「商品化」という側面からみると、憲法改正は文化象徴的な意味において重要なメルクマールだったのであり、市井の生活に"derechos humanos"(人権)という言葉が日常言語として流通するにあたっての、ひとつの契機となったのである。法学的分析からは見えてこない人権言説の状況を明らかにする手だてとして、憲法改正の文化的諸影響は分析視座としてきわめて有効であろう。
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Strategy for Future Research Activity |
15年度に新たに着目した憲法改正の意義とその社会的・歴史的位置づけ作業は、当該社会における人権概念の定着度を測るうえで有効であることが判明した。これまで当該研究者は法学的な研究成果にあまり関心を寄せてこなかった。しかしながら人権概念の法学的な位置づけと現実の施行の落差について、文化的側面の分析からは見えてこなかった有益なアプローチの視座を得たので、最終年の総括ではこの点を十分に生かしたい。学会発表などで成果の一部を報告する予定である。 また、現在進めつつある分析に、フェミニズム政治学の理論研究の成果をより積極的かつ有機的に生かす作業をスピードアップして行う予定である。
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Causes of Carryover |
2015年9月上旬に南米出張を行う予定であったが、インタビューを予定していた研究者3名がいずれも自国を離れ、それぞれ海外滞在を予定することが判明し、いずれも10月まで帰国の予定がないことが明らかになった。3名へのインタビューは欠かせないものであったため、出張の取りやめを余儀なくされた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2016年9月14日から16日まで国際学術会議SOLAR(Sociedad Latinoamericana de Estudios Sobre America Latina y el Caribe)が開かれ、前年にインタビューを予定していた3名のうち2名がそこで報告することが決まっている。そこでアルゼンチン・チリでの現地調査を行うとともに、当該研究の報告をかねて開催地エクアドルに行き、現地でインタビューを行う。そのための旅費ならびに滞在費に充当する予定である。
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