2014 Fiscal Year Research-status Report
古代ローマ工芸美術の基礎的研究 ~テッラ・シギラタについて~
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25370152
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Research Institution | The National Museum of Western Art, Tokyo |
Principal Investigator |
向井 朋生 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館, 学芸課, リサーチフェロー (30620463)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 美術史 / 工芸史 / 考古学 / 古代ローマ / 多国籍 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、昨年度に引き続き古代ローマを代表する上質土器であるテッラ・シギラタに関して諸外国及びわが国における文献の収集と分析を続けるとともに、ドイツとギリシアの二か所で海外調査を行った。ドイツでは北部ガリアの主要ローマ都市であったトーリアを中心に、北部ガリアの帝国国境地域における各種テッラ・シギラタの分布状況を確認するとともに、当該地方最大のテッラ・シギラタ生産地であるラインツァーバーンにおいてテッラ・シギラタ博物館とその窯跡を調査した。この地域における調査は、テッラ・シギラタ生産拠点の移動がローマ軍の前線と深く関係していると考えられていることから必要であった。 わが国ではテッラ・シギラタはイタリアの工房から始まると記述されることが多く、最古のテッラ・シギラタがオリエント産であることは殆ど知られていない。イタリアワインの大規模輸出に伴って広範囲に分布したイタリア産テッラ・シギラタの学史上の影響力を客観視するためにも、テッラ・シギラタの起源を調査するのは必要不可欠であった。さらに重要な調査地としてサモス島に渡ったのは、テッラ・シギラタは一部学界で「Samian ware」と呼ばれており、わが国において「サモス焼き」と訳出されることがあるからである。その呼称が不正確であることは、土器研究者には周知の事実であるが、ローマ文明研究者に広く共有されている認識ではない。したがって、サモス島においてローマ時代に現地生産されていた上質土器は技法も形状もテッラ・シギラタとは異なるものであり、いかなる関連性も見つけられないことを解説するためには実見する必要があった。 本年度末からは、これまでの調査研究を形にする作業にも着手しており、その成果はわが国の古代ローマ研究者が最も多く参加する日本西洋史学会において、「テッラ・シギラタ」という題名の自由論題報告で発表される(2015年5月17日)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度は、テッラ・シギラタ研究の文献からのアプローチの進捗状況は十分であり、二か所の海外現地調査を行うことも出来た。今年度の目標に限れば達成度は十分であると言える。しかしながら、初年度行うことが出来なかった海外調査分を本年度でカヴァーするに至らなかったことから、全体を通した場合、テッラ・シギラタ自体に関する研究、特にテッラ・シギラタの生産・流通に関わる実際の遺物・遺構を通した研究の達成度はやや遅れていると言わざるをえない。 また、本年度は学会発表、シンポジウム、大学の公開講座ならびに市民カルチャーセンターを通して他分野の研究者、学生および一般の方々に話をする機会を得た。その中ではローマ考古学におけるテッラ・シギラタを始めとするローマ土器の重要性について説明することが出来たうえに、その耳慣れない内容をして少なからぬ聴衆の胸に関心を掻き立てることが出来たことは、本研究の方向性が誤っていないことを示しており喜ばしいことである。さらに、ある大学における授業教材用書籍の執筆者の一員として参画する機会を得て、ローマ土器が古代ローマ史において重要な役割を果たす趣旨の草稿を提出した。わが国においてテッラ・シギラタというローマ工芸品が、短期間にここまで様々な場所において取り上げられたことは今までなかったことを考えると、わが国にテッラ・シギラタを紹介するという本研究の目的の一つにおいては十分満足できる達成度と言える。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度は残る海外現地調査を優先して行う。紀元後2世紀以降地中海世界最大のテッラ・シギラタ生産地となったアフリカ属州(現在のチュニジア・リビア西部に相当)の現地調査は、革命後の当該地の状況が懸念であった。リビア西部については状況が好転する見込みはないために今から断念せざるを得ないが、無血革命の後の政情安定が見込まれていたチュニジアにおいて、訪問地の一つであったチュニスのバルドー美術館がイスラム過激派により襲撃されたこともあり、現地調査のタイミングをよく計らなければならない。というのは、チュニジアにおけるテッラ・シギラタ工房はしばしば人気のない場所に存在するからである。特に中・南部チュニジアのテッラ・シギラタ工房の調査の是非については、現地研究者の判断を仰ぎながら再検討せざるを得ない。残るイタリア・ガリアのテッラ・シギラタ工房については、他の地域に比べればはるかに治安上の不安も少なく利用できる先行研究も多いが、現地調査にて自らで使用できる出版用資料を収集する必要がある。 国内においては、継続する文献収集およびその整理を踏まえながら、研究成果のまとめに着手する。本研究の目的に則るためには、研究成果はローマ土器と直接かかわりのない分野にまで広範囲に流布される必要があるので、その発表媒体について十分に検討する必要がある。また、本年度同様に国内の諸分野の学会やシンポジウム等においてテッラ・シギラタに関する情報発信を続けていくよう試みる。
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Causes of Carryover |
初年度予定していた海外現地調査を行えなかったことから、本年度に次年度使用額が生じた。本年度に行った海外調査は、この初年度分の調査の不足をカヴァーしていないことから次年度使用額が生じた。正確には初年度分が繰り越された。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
来年度に研究の推進方策にあるように数次の海外現地調査を行うことによりこれを活用する。
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