2015 Fiscal Year Research-status Report
「歴史・時代小説ブーム」の戦後精神史(二大作家の比較研究による)
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25370239
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
高橋 敏夫 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (20236300)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 大衆文学 / 時代小説 / 伝奇小説 / 池波正太郎 / 隆慶一郎 / 悪党もの / 漂白民 / 中里介山 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究の目的は、1970年代から1980年代までの「悪党小説」ブームの内実と意義を考察することにある。① ブームの全体を概観する。② そのなかで重要な役割をはたす池波正太郎と隆慶一郎をとりあげ、主要作品を考察する。④ 池波正太郎について――一九六八年にスタートし著者の死により未完となった『鬼平犯科帳』は、数百人の悪党を擁するシリーズもの。稼業の「盗」を「つとめ」とよび、一定のモラルを守れば、盗みも立派な仕事とうそぶく盗賊。こんな筋金入りの悪党相手に、火付盗賊改方長官長谷川平蔵は、部下を巧みにあやつっての容赦ない捕縛でのぞみ、「鬼の平蔵」と恐れられる。一九七二年に連載のはじまる『剣客商売』および『仕掛人・藤枝梅安』にも悪党が多く登場する。三つのシリーズ物を中心に検討する。⑤ 隆慶一郎について――隆が、『吉原御免状』で小説デビューをはたすのは一九八四年。宮本武蔵に育てられた松永誠一郎が、江戸吉原に来てそこが自由を求める漂白民(公界の者)の砦なのを知り、将軍の密名を帯び吉原に襲いかかる裏柳生と死闘をくりひろげる『吉原御免状』とその続篇『かくれさと苦界行』。家康の死後、家康になりかわった影武者が、公界の者として世に理想郷を実現せんとする『影武者徳川家康』、異装の傾奇者前田慶次郎の『一夢庵風流記』など。主人公はいずれも、社会の制度や規範を踏み破る壮健な悪党の風貌を湛えている。当時、網野善彦らの新しい中世史研究に、非農業民である漂白民を、自由を求める勢力として評価し、歴史をうごかす「悪党」を再発見する試みがあった。隆のえがく悪党の反制度的活躍はそれと響きあう。池波の悪党が結局のところ人間の暗部の象徴に格納されてしまうのにたいし、悪党を歴史的動乱の生きいきとした闇に解き放つのが隆の壮大な企てだった。中里介山の机龍之助に始まる悪党の系譜において、池波作品と隆作品をとらえたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1970年代~1980年代における「悪党小説」ブームを池波正太郎と隆慶一郎という全く作風の異なる作家の諸作品を通して考察することが今年度の研究目的であった。主要作品の検討はほぼすんだが、全作品を検討するところまでは至らなかった。池波正太郎では多くの悪党作品が残されてしまった。次年度において引き続き収集と分析をしたい。 また、悪党の出現を中里介山『大菩薩峠』の机龍之助にみるなら、戦後では柴田錬三郎の眠狂四郎をあげないわけにはいかない。この系譜においても池波作品、隆作品の検討が必要となった。 さらに、一昨年度の研究から浮かび上がった「歴史・時代小説」における「なかま」の形成というテーマについては、池波作品、隆作品ともに顕著である。「なかま」がそれぞれの作品でどう変奏されているのかについても、考察を持続させたい。
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Strategy for Future Research Activity |
2016年度の研究目的は、一昨年度および昨年度の研究をふまえつつ、1970年代から1990年代までの「股旅小説」ブームの内実と意義を考察することである。ブームの全体を概観しつつ、重要な役割をはたす笹沢左保と諸田玲子をとりあげ、主要作品を考察する。笹沢左保について――木枯し紋次郎の登場は1971年である。司馬遼太郎らの明るく前向きな「歴史小説」ブームのただなか、長い楊枝を吹きだす木枯らしのごとき音とともに、虚無感を全身にまとった紋次郎があらわれる。「赦免花は散った」にはじまる全113篇の物語(『木枯し紋次郎』シリーズおよび『帰って来た紋次郎』シリーズ)を笹川は、28年間書きつぐ。28年間の紋次郎の足跡をたどる。諸田玲子について――清水次郎長一家シリーズ『空っ風』の登場は1998年である。股旅ものは笹沢から諸田へと受け継がれる。歴史学者高橋敏は『国定忠治』で、高度成長期以後、人々の関心は反骨の武闘派国定忠治から、体制のなかで上昇していく清水次郎長に移ったと指摘している。だとすれば、次郎長の新たな秩序での上昇を中心におき、それに従えず外れ落ちていく者たちをえがく諸田の物語は、二重の意味で反時代的といってよい。次郎長一家シリーズについて考察する。
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Causes of Carryover |
本研究全体を通じて最も重要な作家藤沢周平について、故郷である鶴岡に年に二度程度出かけて将来の「評伝」執筆に向けた調査を行う予定であったが、他の仕事のため出かけられなかったこと、さらに新刊の歴史時代小説の購入が少なかったことにより、未使用額が出た。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年は、予定通り二回は鶴岡行きを実現したい。また、新刊の歴史時代小説購入も積極的に行いたい。
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Research Products
(4 results)