2016 Fiscal Year Research-status Report
「歴史・時代小説ブーム」の戦後精神史(二大作家の比較研究による)
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25370239
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
高橋 敏夫 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (20236300)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 大衆文学 / 時代小説 / 股旅物 / 笹沢左保 / 諸田玲子 / 渡世人 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究の目的は、1970年代から1990年代までの「股旅小説」ブームの内実と意義を考察するのがテーマとなる。①ブームの全体を概観する。②そのなかで重要な役割をはたす笹沢左保と諸田玲子をとりあげ、主要作品を考察する。③笹沢左保について――木枯し紋次郎の登場は1971年である。司馬遼太郎らの明るく前向きな「歴史小説」ブームのただなか、長い楊枝を吹きだす木枯らしのごとき音とともに、虚無感を全身にまとった紋次郎があらわれる。ぼろぼろの三度笠と道中合羽、腰には鞘の錆びた長脇差。股旅物ではお馴染みの義理と人情のしがらみから遠ざかり、群れず、「あっしには、かかわりのねえことでござんす」とかかわらず、一所にとどまらず、足早に旅をつづける。そんな掟破りの汚れた自由人を、人々は許さず、また放っておかない。かくして「赦免花は散った」にはじまる全113篇の物語(『木枯し紋次郎』シリーズおよび『帰って来た紋次郎』シリーズ)を笹川は、28年間書きつぐ。28年間の紋次郎の足跡をたどる。④諸田玲子について――清水次郎長一家シリーズ『空っ風』の登場は1998年である。清水次郎長一家の小政が、維新後の時流にのる親分を許せず、博徒としての破滅を選びキレてキレてキレまくる物語。さらに諸田は、『笠雲』においては一家の大政から、シリーズ完結篇ともいうべき2006年の『青嵐』では森の石松と三保の豚松から、成りあがる「勝ち組」への反発と憎悪を吐きださせた。怒れる子分と悩める親分との「和解」はついにあの世へもちこされるほかない。歴史学者高橋敏は『国定忠治』で、高度成長期以後、人々の関心は反骨の武闘派国定忠治から、体制のなかで上昇していく清水次郎長に移ったと指摘している。だとすれば、次郎長の新たな秩序での上昇を中心におき、それに従えず外れ落ちていく者たちをえがく諸田の物語は、二重の意味で反時代的といってよい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1970年代~1990年代における「股旅小説」ブームを笹沢左保と諸田玲子という全く世代も作風も異なる作家の主要作品を通して考察することが今年度の研究目的であった。木枯らし紋次郎シリーズの検討はすんだが、このシリーズを笹沢作品のなかでどう位置付けるのかは、課題として残った。これは諸田玲子の場合も同じで、現代ものや武家もの、市井もの、平安朝ものなど多彩な作品のなかでの位置づけはできなかった。また、「股旅小説」ブームがどうして2000年代には消えてしまったのか、という問題も検討しなければならない。次年度において引き続き収集と分析をしたい。5年間の計画である本研究全体にかかわるテーマのひとつとして以前から考えてきた『時代小説の「戦争」』においても、「股旅小説」重要であることを再認識している。昭和10年代に「股旅小説」が流行したのはなぜかという問いかけのもと、今後、考察をしてみたい。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年度の研究目的は、1990年代初頭にはじまる「市井小説」ブームの内実と意義を考察するのがテーマとなる。まず、ブームの全体を概観しつつ、そのなかで重要な役割をはたす藤沢周平を、戦後に市井小説を生み出し名作を次々に送り出した山本周五郎と比較検討する。『藤沢周平全集』の刊行開始は1992年(この年は、バブル経済の大崩壊の年であるとともに、ポスト冷戦時代の入り口になった年である)、この生前全集刊行開始は今につづく市井小説ブームがはじまるのとほぼ同時だった。藤沢の端正な文体でえがかれた静謐な世界には、権力や権威はもとより、富や安定から遠い、ごく普通の人々の、逆境の日々の喜怒哀楽があざやかにうかびあがる。「市井小説」のはじまりは、山本周五郎の『柳橋物語』(1951)である。新旧市井小説を比較し、一九九〇年代の市井小説ブームの特色を取り出す。
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Causes of Carryover |
本年度は、本研究課題全体に陰に陽にかかわる松本清張論の書下ろし(集英社新書)が入っており(現時点でもまだ書き終えていない)、それに時間をとられた結果、新刊の歴史時代小説の収集がほとんどできなかった。また、藤沢周平論のために予定していた鶴岡市への出張、調査が一部しかできなかったこともある。このためかなりの未使用額が出ることになった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本年度は、研究計画の最終年度に当たる。現在まとめの作業に入っている単行本『時代小説の「戦争」』のためにも、本年度計画とあわせて図書、資料などを購入したい。また、鶴岡への出張、調査を複数回実現させたい。
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Research Products
(3 results)