2014 Fiscal Year Research-status Report
トシオ・モリ文学の全体像の構築とジャパニーズ・アメリカニズム研究の確立
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25370328
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Research Institution | Fukuyama University |
Principal Investigator |
田中 久男 福山大学, 人間文化学部, 客員教授 (30039135)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | トシオ・モリ / 日系二世作家 / 日系アメリカ文学 / アジア系アメリカ文学 / ジャパニーズ・アメリカニズム / トパーズ強制収容所 / 「ムラタ兄弟」 / 全米日系市民協会 |
Outline of Annual Research Achievements |
カリフォルニア州オークランド出身のトシオ・モリ(1910-80)は、日系アメリカ文学のパイオニア的作家として認知されているにもかかわらず、従来それに値するだけの評価を受けて来なかった。その主な理由は、『終わらざるメッセージ――トシオ・モリ作品選集』(2000年出版)に収録された「ムラタ兄弟」という中編小説が発表されるまでは、主たる研究対象が、彼の穏やかな作風の作品に偏重していたせいであり、それによって作り上げられた、人間の穏便な面を描く作家という歪んだ作家像のためである。しかし、1941年12月の太平洋戦争勃発と同時に、彼が家族や他の8000人余りのサンフランシスコ湾周辺の日系人と一緒に送り込まれたユタ州トパーズ強制収容所を舞台にした「ムラタ兄弟」は、そうした一面的な、ある意味で間違ったイメージを一掃するだけの内容を伴った重要な小説である。その中で展開されている、いわゆるアメリカ派と日本派に分断された収容所内の政治的対立と葛藤が絡まったムラタ兄弟の闘いを、ユタ大学やカリフォルニア大学バークレー校に収蔵されている、収容所内で刊行の文芸雑誌や新聞等の歴史的な背景資料や、書簡等の伝記資料を駆使することによって、モリの立場を考察しながら読解した。 さらに、1970年代のアメリカ社会に台頭した新しいエスニシティ意識と連動した文化多元主義という先鋭なイデオロギーの浮上を視野に入れて、モリ文学が静かに主張する姿勢を、ジャパニーズ・アメリカニズム(Japanese Americanism)という概念で表現することを試みた。それは換言すれば、アメリカ社会を特徴づける民主主義や人権尊重という高邁な理念を、全面的に支持することを表明しながら、同時に、民族的ルーツを日本人とする文化的遺産や記憶を大切に継承する姿勢を打ち出すという意識の在り様、あるいはイデオロギーの提唱・推進への意思の表明である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究課題の平成26年度の主たる目標は、上記の研究実績の概要で言及した中編小説「ムラタ兄弟」を精緻に読解し、それを基盤にモリ文学の全体像の構築に向けての的確な道筋をつけることであった。その目標を達成するために、カリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学の図書館だけでなく、ユタ大学、ユタ州立大学の図書館で、作者とウィリアム・サローヤンとの間の書簡や、モリが関わった文芸誌『トレック』や『オール・アボード』、あるいは、『トパーズ日報』等の新聞に掲載の諸作品や関連資料を収集し、太平洋戦争中、彼が他の日系人8000人余りと一緒に暮らしたユタ州トパーズ強制収容所内での彼の文芸活動を跡づけて、アメリカ市民としてのアイデンティティ確定や徴兵志願の是非を巡って収容所内で起きた日系人同士間の暴力的対立の様相を描いた「ムラタ兄弟」について、学会誌に論文を発表した。その意味では、本研究の達成度としては、ほぼ順調に進んでいると言える。但し、『アジア系アメリカ文学』(1982)の著者であるカリフォルニア大学バークレー校のエレーン・H・キム教授と、『発見された遺産』(2005)の編著者であるブリガムヤング大学(ユタ州プロヴォ市)のキース・ロレンス教授と会見し、意見交換を行う予定であったが、両教授が偶然にもサバティカル中ということで、その機会が実現しなかった。 その一方で、『カリフォルニア州、ヨコハマ町』、『ショーヴィニスト、その他の短編』、および『ヒロシマから来た女』をまず個別に分析し、それらをモリ文学の全体像の中で見すえることで、アメリカ社会を統合する中心的概念である「アメリカニズム」に照らして、文化多元主義という批評理論を基盤にした「ジャパニーズ・アメリカニズム」という本研究受託者が確立を目指している全体的なヴィジョンを、さらに精緻な研究理論として示すということでは、やや遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の本研究の達成度の面でやや遅れているとの反省を述べた点、すなわち、『カリフォルニア州、ヨコハマ町』と『ショーヴィニスト、その他の短編』という2篇の短編集、および長編小説『ヒロシマから来た女』をまず個別に分析し、それらをモリ文学の全体像の中で見すえることで、アメリカ社会を統合する中心的概念である「アメリカニズム」に照らして、文化多元主義という批評理論を基盤にした「ジャパニーズ・アメリカニズム」という本研究受託者が確立を目指している全体的なヴィジョンを、さらに明確な研究理論として提唱することに、全力を傾けたいと思う。 このヴィジョンを、合衆国における日系アメリカ市民のアイデンティティを包括的に確定する研究理論として提唱し、トシオ・モリ文学の全体像の構築に連結するためには、排日運動や強制収容所体験という特異な事象を、的確な歴史的パースペクティヴに収めておく必要がある。それゆえ、それらに関する研究成果の最良部分を入手するために、ロサンゼルスの日系アメリカ人歴史博物館や、UCLAのヤング・リサーチ図書館を訪問し、その研究成果をモリ文学の全体の解釈に繋げていくことを目指したいと思う。それと同時に、「ジャパニーズ・アメリカニズム」という研究理論の精度を上げるために、アジア系アメリカ文学を文化多元主義という広い視野から研究しているカリフォルニア大学デイヴィス校のマーガレット・ベドロージアン教授、および、わが国でモリ文学研究の面で、優れた研究成果を上げている数人の学者とも会見し、意見交換する予定である。さらに、アジア系アメリカ文学会とか日本アメリカ文学会で、本研究課題に関連、あるいは隣接した発表があれば、それらに参加して質疑応答に加わり、知見をいっそう深めていきたい。
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Causes of Carryover |
平成26年度の研究助成金として90万円をいただき、その大半を研究図書費と研究旅費に充てるというこれまでの本研究受託者の使い方の慣例を踏襲することを考えていた。ところが、研究課題の中心である「ジャパニーズ・アメリカニズム」の理論確立に、トシオ・モリの「ムラタ兄弟」という中編小説の考察が予想していた以上に重要であることに思い至り、その作品分析に集中したために、図書購入が思ったほどには伸びなかったことが、次年度使用額が生じた一つの大きな要因である。もう一つの大きな理由は、日本アジア系アメリカ文学会等の諸学会の年次大会に参加して、トシオ・モリをさまざまな角度から学んで知見を磨くことを考えていたが、非常勤講師をしている関係で、授業や試験日と重なったりしたため、研究旅費の使用が予定していたよりも少なくなってしまったということである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本研究の最終年度に当たる平成27年度においても、研究助成金の大半は例年通り、研究図書費と研究旅費に充てる予定であるが、「今後の研究の推進方策」で述べたように、「ジャパニーズ・アメリカニズム」の精度をあげるために、排日運動や強制収容というアメリカ社会において日系人が経験した歴史的な事象についての文献図書を収集することを考えているので、このため研究図書費が平成26年度よりもかなり増加する見通しである。また、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のヤング・リサーチ図書館等の研究機関だけでなく、ミズーリ州のジェロームとロアーの両強制収容所に関する博物館を訪問することも考えているので、今までの旅行よりも旅程が長い分だけ、研究旅費がかさむかと思われる。その上、研究所属機関が福山大学から、名誉教授の身分をいただいている広島大学に変わるので、もしかしたらそれに関わって、思わぬ支出が起こりうることも予想される。
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