2015 Fiscal Year Research-status Report
ギリシア・ローマ文学における他者への罪責と赦しの研究
Project/Area Number |
25370347
|
Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
小川 正廣 名古屋大学, 文学研究科, 教授 (40127064)
|
Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
|
Keywords | ギリシア / ローマ / 他者 / 罪責 / 赦し |
Outline of Annual Research Achievements |
ギリシア・ ローマの悲劇と喜劇の諸作品において、社会・家族・個人の相克関係の中に生じる罪責と赦しのモチーフを以下のように考察した。 (1)ギリシア悲劇に関しては、家族内の殺害と報復の連鎖を描くアイスキュロスの『オレステイア』三部作、支配者による正義の侵害をめぐるソポクレスの『アンティゴネ』、権力者に虐げられた人間を描くソポクレスの『ピロクテテス』と『アイアス』、妻の権利の剥奪を描いた『メデイア』、戦争責任を被害者の側から追求した『トロイアの女たち』を中心にして罪責と赦しの問題点を検討した。 (2)ローマ共和政時代のプラウトゥスとテレンティウスの喜劇を対象として、とくに家族関係や男女関係の中で生じる比較的日常的な次元での罪責と赦しのあり方を分析した。またローマ帝政初期の作家セネカの悲劇は、全作品において罪責と赦しの問題に何らかの点で関わっていることを確認し、同作家の『怒りについて』などの倫理論考とも関連づけて考察を深めた。 さらに以上の文献学的研究とともに、罪責と赦しに関する東西文明の比較研究も推進するため、①ルーマニアにおける中世から現代の第二次世界大戦までの民族抗争とユダヤ人の人種差別と虐待に関する歴史的調査、および②ベトナムにおける古代から現代までの中国・フランス・米国による支配に対する歴史認識と罪責追及に関する現地調査も行なった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ギリシア・ ローマの悲劇と喜劇における罪責と赦しに関して検討した結果、こうした倫理的な他者意識が深化する過程は歴史と密接な関係にあることがいっそう明らかになってきた。すなわち、ギリシア古典期のポリスを中心とする歴史的段階では、罪責と赦しはおおむね個人や家族の問題として認識されていたが、共同体が広域化したローマの時代には、それらは個人の問題であるのみならず、国家や民族といった社会的集合体の共存に関わる集団間の問題としてとらえられ、いっそう広範な人間の課題になっていったことがわかった。 さらに、中世から近現代までの人類の歴史は、古代におけるそのような社会的な認識と意識を継承している(あるいは反復的に経験している)ことを、比較文明論的な視点から実施したルーマニアとベトナムにおける諸人種と諸民族間の相克の歴史に関する調査によって確認することができた。 一昨年度以降の内容も含めた中間的な研究成果としては、古代ギリシア人の社会認識と他者意識の原点をなすホメロスの『イリアス』と歴史との関連に関する考察を取りまとめて公表したが、その際にも今年度の現地調査によって得られた中世から近現代までの歴史に関する知見と認識が役立った。
|
Strategy for Future Research Activity |
戦争をめぐる罪責と赦しの問題は、西洋古代に限らず西洋の中世・近現代、さらには東洋と日本の古代から現代までの民族抗争の歴史的体験や精神史・文化創造と通じるものであり、そうした普遍的観点からの問題意識を深めることによって、ギリシア・ローマ文学の底辺に埋もれた人類史的な人間認識を新たに掘り起こすことが可能である。 そのため、こうした研究をより効果的に推進するためには、古典文献学の伝統的方法の限界を克服する有効な手段として、比較文明論の研究方法と成果を取り入れる必要性を昨年度に引き続いて実感している。 人類の歴史は、いわば類似の罪過の反復であるように思われるから、今後もできる限り多くの地域と民族の歴史的事例に触れ、それらに対する理解と洞察を深めて、グローバル化した世界に生きる現代人にふさわしい新たな古典解釈の可能性を追求していくつもりである。
|
Research Products
(1 results)