2015 Fiscal Year Research-status Report
明治期ドイツ学の観点より考察したる森鴎外翻訳作品の史的研究
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25370353
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中 直一 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 教授 (50143326)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 森鴎外 / ドイツ学 / 翻訳技法 / 翻案 / 明治時代 / 外国語教育 |
Outline of Annual Research Achievements |
当年度は、日本翻訳史上の金字塔と目される鴎外晩年の翻訳『ファウスト』を考察の対象とした。 鴎外の訳業を日本ドイツ学史全体の中に位置づけて考察する立場からすれば、鴎外訳『ファウスト』は、日本の各大学で独文学講座が設立され、いわゆる独文学者が数多く輩出された時期の所産であり、ひとり森鴎外の天才のみに帰すべきものではなく、明治ドイツ学の最後の輝きが、大正時代に結実したものであると言える。 この観点から鴎外訳『ファウスト』に込められた翻訳技法を分析してみた結果、自由闊達で時として原文にない語句を勝手に訳文の中に入れていた若き日の鴎外の翻訳ぶりとは異なり、晩年の翻訳である『ファウスト』は、非常に慎重な翻訳態度を基礎としており、自由闊達さより正確さを基本理念としていたことが分かった。その理由として、日本に於いて旧制高校や旧制大学においてドイツ語を学習する生徒・学生の数が飛躍的に増大し、それに比例してドイツ文学の翻訳を原典と対比して味読しうる人々の数が増加したことが指摘しうる。日本に於いてドイツ学が進展し、ドイツ語の読める人口が増えるに従い、鴎外の翻訳を原典と対比し、さらにはこれを批判的に検討しうる人々が増えた。実際にこの時代に、鴎外の翻訳をことさら批判する向軍治のような学者も登場した。 こうしたドイツ学の進展にともない、鴎外の翻訳姿勢も、晩年にいたって非常に学術的なものに変化していったと目されるのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、4年間にわたる研究期間の第3年度に相当し、当初計画では鴎外晩年の翻訳である『ファウスト』を中心にすえて研究を進め、この翻訳の中にあらわれた翻訳技法を解明するというということを研究目標とした。この計画に対し、『ファウスト』の翻訳文体の分析に着手した結果、青年期の鴎外の翻訳に比して、晩年の鴎外がかなり原文に密着した翻訳を心がけている実態が浮き彫りになった。また分析の過程で、鴎外の翻訳を「異文化理解」の観点から評価しうるのではないかとの着想を得た。 以上のような研究経過に鑑み、「おおむね順調に進展している」と評価する次第である。
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Strategy for Future Research Activity |
4年間の研究期間のうち、平成27年度までの3年間で、青年期から晩年にかけての鴎外の翻訳作品を、それぞれ初期・中期・後期の三時代に分けて考察を進めてきた。最終年度にあたる平成28年度は、鴎外の個々の作品を離れ、日本におけるドイツ学の進展を、教育史および文芸学の諸成果を踏まえつつ、「翻訳と教育」という観点から考察する予定である。 そのため当年度においては、日本の高等教育機関(旧制高等学校および旧制大学)において、教養としてのドイツ語がどの程度の重要性を持っていたのかについて調査する予定である。現時点の予想では、当時の旧制高等学校生徒、大学生は、単に教室内でドイツ語を学習したのみならず、教養としてのドイツ語を深めるために、ドイツ文学に親しむのみならず、『獨逸語學雑誌』や『獨逸語初歩』等の市販の語学雑誌を購読し、ドイツ語を、いわば課外活動として学んでいた。 当年度は、こうしたドイツ学と学生の関係の中から、鴎外の翻訳の在り方を考える予定である。
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Causes of Carryover |
当年度においては、森鴎外とドイツ学の関連を研究するため、明治後期に日本で出版されたドイツ文学の翻訳書、あるいは非常に古いドイツ語の学習参考書など、稀覯書に類するものをPDF化し、データベースの充実を図ったが、PDF化の作業が予想より時間が掛かり、作業の発注が間に合わないケースが時としてみられた。このような事情により、予算の消化が遅れた次第である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度においては、上記の遅れを取り戻すために、明治期の稀覯書のPDF化を迅速に行う予定である。また、東京都文京区立鴎外記念館への出張調査についても、最終年度にあたる次年度は、その回数を増やす予定であり、最終年度中に予算が消化できるものと思われる。
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