2015 Fiscal Year Annual Research Report
未完小説の物語上のテーマの行方―プルーストの忘却と第六巻の分析・編集考察
Project/Area Number |
25370378
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
徳田 陽彦 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (40126602)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | プルーストの忘却 / 物語構造 / アルベルチーヌ / 消え去ったアルベルチーヌ / ヴェネチア滞在 / 未完小説の編集 |
Outline of Annual Research Achievements |
プルーストの小説『失われた時を求めて』の第六巻『消え去ったアルベルチーヌ』は作者の死後出版された、未完成の物語である。題名も編者・訳者によって、『逃げ去った女』を採用する者もおり、一定していない。後世に残された資料としては、清書原稿、弟ロベールとNRF編集者が協力して出版した1925年の初版に利用されたタイプ原稿、1987年にナタリー・モーリヤックが発見し出版された三分の一に縮約された(アルベルチーヌへの「忘却」のテーマとヴェネチア滞在が大幅に削除された)タイプ原稿である。筆者は第3番目のタイプ原稿は作者が当初ある雑誌用の抜粋として従来から主張している。ナタリー・モーリアックは死を前にしたプルーストの最後の意思が反映している「最終稿」とまで主張している。ただし両者の仮説は決定的な証拠を見出してはいないの現状である。筆者はの最近では、件のタイプ原稿は当初、雑誌「レ・ズヴル・リーブル」用に作成した抜粋であったが、迫る来る死を予感した瀕死の作者が完成を急ぐがあまり、この第六巻を短縮版にして、最終巻『見出された時』も生前になんとか出版したいと願ったと考えている。いずれにしろ、短縮版では第七巻(これも未完成。清書原稿群が残されているだけである)と物語上、一貫性を欠くという欠陥があり、第六巻、第七巻は未完成といえども、それなりの物語の連続性があり、ナタリーモーリヤック版は編者・訳者は採用できないであろう。筆者の関心は、版によって「アルベルチーヌの死」と「忘却」がどのように扱われているかである。第六巻の最大のテーマの「忘却」を一切削除したモーリアック版は問題外だが、ヴェネチア滞在の章で展開される主人公によるアルベルチーヌの「忘却」は、彼女の出奔・死につづく主人公の内面で繰りひろげられる忘却の段階論の帰結点である以上、これを無視した編者・訳者には疑問を感じざるを得ない。
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