2013 Fiscal Year Research-status Report
ナボコフのロシア語韻文作品の研究―エミグレ表象とモダニズム詩人としての位置づけ―
Project/Area Number |
25370382
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
寒河江 光徳 創価大学, 文学部, 准教授 (60440228)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 亡命 / ロシア文学 / ナボコフ / カルポーヴィチ / ハーヴァード / コーネル |
Research Abstract |
ウラジミール・ナボコフのロシア語作品を中心に翻訳・分析作業を行っている。本研究計画においては、主に「亡命者」(エミグレ)の表象について考察を進めている。2013年度ハーバード大学、ニューヨーク市立図書館、コロンビア大学図書館に滞在した折は、アメリカにおけるアーカイブ資料から、ナボコフの作品を分析をするにあたって、作家の家族と関係のあった周辺の人脈を調査することも関心の一つに加えていった。なかでも、ナボコフの渡米辞に身元引受人となったミハイル・カルポーヴィチとの関連性について調べることが、ナボコフ家が亡命以前に置かれていた状況を察するに重要であることが理解できた。コロンビア大学、ニューヨーク州立図書館では、ナボコフのアーカイヴ資料が置かれているとのことであったが、今回の滞在ではコロンビア大学におけるカルポーヴィチの書簡のアーカイヴ資料を目にすることができた。今回着目したのはナボコフがコーネル大学、あるいは、ハーヴァード大学での講義録をまとめた著作『ロシア文学講義』の「作家、読者、検閲官」のなかでナボコフが詳述するロシア史観が、カルポーヴィチがハーヴァード大学で行ったロシア史講義を元にした『ロシア史概観』(Обзор русской истории)で書かれている内容と酷似する点が多いことである。特に、ロシア・インテリゲンツイアについて西欧派とスラヴ派の二大派閥が、のちに2月革命に至るまで共闘したカデットと社会革命党、あるいは社会民主党の動きの源流となったとの記述は、ロシア文学史においてソ連時代の社会主義リアリズムのような功利主義的文学観の礎を19世紀の人民主義者たちがすでに築いていたとの記述において両者の意見がほとんど合致していることが理解できた。今後のエミグレ表象の解明にナボコフおよびカルポーヴィチのロシア史観の類似性を手がかりに考えていくことが可能であると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今回の研究の目的はすでに発刊されているナボコフ詩集の翻訳を進めるとともに、分析アプローチ、方法論についての基礎研究を発展させ、最終的にその2つを融合させ論文・著作として開示していくことである。それによって、ナボコフの詩についての研究アプローチの可能性をできるだけ発展させ、ロシア・モダニストとしての詩人の地位を明らかにしていくことが目的となる。詩をどのように分析していくかについて、ポスト・コロニアリズムの視点と脱構築の視点を導入した研究論文の執筆と口頭による研究発表を行っている。拙書『文学―文学研究と文学研究への手引き』(本年2月刊行、創価大学通信教育学部)において、これまでの研究の成果をまとめることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の方向性としてナボコフの書いた英語散文作品、あるいは、ロシア語散文作品とロシア語韻文作品の関連性についてさらに研究を進める必要があると考える。現在、京都大学の若島正教授を中心とした『アーダ』の翻訳・研究のグループに所属し、訳読を重ねている。『ロリータ』、『アーダ』などの英語作品の熟成度から比べると、ナボコフが書いたロシア語作品は、まだまだ習作に途上にあったとの、指摘もまま見られるが、ロシア文学史における詩人としての位置づけという観点からの研究はまだまだなされていないように思われる。今後は、ナボコフが英語・ロシアで書いた散文作品との関連性、あるいは、ロシア・モダニズムとの関連性といった観点でさらに研究を進めてまいりたい。
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