2015 Fiscal Year Annual Research Report
フィリピン人エリートから見た「近代発展としての米国植民地支配」に関する研究
Project/Area Number |
25370931
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
鈴木 伸隆 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (10323221)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 植民地国家 / 米国植民地体制 / フィリピン人エリート / 上からの自由 |
Outline of Annual Research Achievements |
最終年度にあたる平成27年度は、米国へのフィリピン輸出作物偏重型経済政策により、フィリピン植民地国家体制が安定する1920年代以降を対象に、大衆が国家開発プロジェクトから排除される主体構造転換を、ミクロな人類学的手法から解明した。具体的には、フィリピン北部・中部の米作地で生活困窮に直面した大衆に対して、現地エリートが貧困対策の一環として導入した「社会正義プログラム」に着目した。確かに同時期以降、「約束された土地」として、また広大な余剰地を有することで知られるフィリピン南部のミンダナオ島には、多数の移民がフィリピン北部のルソン島から移住している。また一部(イロコス地方)は、米国ハワイのサトウキビ農園に労働者として、出稼ぎする傾向が強まるなど、一定の生存保証は担保された。しかしながら、より微視的な考察、例えば新聞記事などの資料を手がかりに検証すると、こうした対応策は、フィリピン経済エリートあるいはそれと連動した政治家エリート層を利するものでしかなかった。すなわち、サトウキビやその他の換金作物農園経営者に主導されたフィリピン人民族資本家が、国土開発計画(プランテーション開発や米作農場)を奨励した背景には、ナショナリストとしての体面を維持しながらも、「下からの批判」を巧妙に回避しようとする傾向が見えてくる。以上の考察から、大衆にとって植民地主義とは、一見生存戦略の可能性が保障されるよる場でありながらも、実は「上からの自由」を余儀なくされ、エリートに規律化・規範化される場であったことが浮き彫りとなる。結論として、「近代発展としての植民地主義」という言説は、フィリピン人エリートの自己権益を擁護する姿勢から生み出されたものであり、自らの植民地支配関与を隠蔽するものであったことが導くことができる。
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