2015 Fiscal Year Research-status Report
「当事者のために介入する裁判官」の歴史的系譜―ヨーロッパ私法史から大正民訴改正へ
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25380001
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
水野 浩二 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (80399782)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 民事訴訟 / 明治 / 大正 / 職権 / 弁護士 / 釈明 / 証拠調 / 口頭 |
Outline of Annual Research Achievements |
1 明治20年過ぎまでに一応継受された西洋(とりわけドイツ)近代民事訴訟の定着期(大正民訴法改正まで)における民訴手続そのものについては、法史的研究・実定法研究ともにごくわずかである。とりわけ、民事訴訟実務における実務法曹(や当事者本人)のパフォーマンスや問題意識は、立法・判例・学説の変化を引き起こす大きな動因であったと思われるが、実務法曹の回顧録に残された「体験談」を超えたかたちでの検討はほとんど存在しない。27年度は前年度に引き続き法曹メディア(法律新聞)の記事を検討し、おもに釈明権の行使と職権探知をめぐる当時の実務の実態とそれに対する実務法曹たちの問題意識の分析を試みた。 2 26年度に抽出していた記事(約1,550件)につき、(1)釈明権の行使、(2)職権探知、(3)口頭審理、(4)裁判官・弁護士の資質、(5)西洋近代法的民事訴訟へのスタンスという観点から分類、整理をまずおこない、次いで具体的な分析を行った。 3 現時点で得られた大まかな見通しは以下の通りである。(1) 明治民訴法施行後早い時期から一定数以上の実務法曹たち(裁判官・弁護士)は釈明権の積極的行使を肯定的に評価し、かつ強く期待していた。低レベルな弁護士が少なからず存在し、本人訴訟が認められ、当事者保護の必要性が強く認識されていたことが背景として挙げられる。(2)不干渉主義(今日の弁論主義と処分権主義を包括する概念)はきわめて頻繁に批判されていた。このことは釈明権のみならず、職権探知の強化の要望という形で強く期待されていた。他方、それを手続レベルで具体的にいかに実現すべきかについては必ずしも常に詰めた形では議論されていたといえず、実務法曹たちはともすれば「世情に通じた人徳ある名判官」の出現に問題の解決を期待していたようにみえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
1 本研究の基本的目標は、近代法の民事訴訟手続が中近世以来の一定以上の裁判官の職権介入を内包し、裁判官が口頭審理での職権行使により真実に基づく裁判を実現するという理解が存在していたという仮説を、近代のドイツとそれを継受した日本について立証することである。 2 最終年度である27年度においては、上述のように「現場の」実務法曹の手続におけるパフォーマンスと問題意識の解明に努めた。それは、すでに検討済みの大正改正法の起草・立法過程に見られた問題意識とはかなり位相を異にする。「現場の」法曹たちが釈明権や職権探知の相当以上の積極化を早期から強く希求していたことは、起草・立法過程における認識の遅さ・消極性と対照的であることなど、同時代の実務法曹内における認識の断層という、学説・立法中心のこれまでの研究スタイルが看過していた論点が浮き彫りになった。 3 他方で、法曹メディアからの史料抽出・その検討に予想以上の時間を要したため、本研究のもう一つの柱である近代ドイツについての検討にはなお手が回っていない。しかし日本についての検討は大方見通しがつきつつあり、先行研究がほとんど存在しない領域について多数の論点を摘出できたと考えている。成果の公表も28年度に全国学会での報告が決定し、論文(160ページ程度)も28年度中に公表の予定である。研究期間の1年延長を許可されたので、日本についての成果のまとめ並びにドイツについての検討に注力したい。
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Strategy for Future Research Activity |
近代日本についての分析から得られた視点に基づき、19~20世紀初頭のドイツ民訴手続について、釈明権の行使・職権探知を中心とした検討に着手し、一定の見通しを得たい。 1 外国旅費によりドイツに出張し、ドイツ民訴の状況に関する同時代の文献(立法資料・政治的パンフレット・実務家向け雑誌・弁護士大会資料など)を調査・収集する。同時に在欧の専門研究者との意見交換を行う。 2 裁判所の民主的コントロール手段としての「当事者主義+口頭主義」はドイツ民訴法典成立(1876)にかけて頂点に達するも、実務での形骸化と19世紀末の論争を経て、適度の職権介入ならびにその「場」としての口頭審理の意義が実務法曹の間で明確に認識されるに至ったのではないか、という仮説のもとに分析を行う。民訴実務では19世紀半ばになお中世以来の当事者による「職権行使の嘆願」が存続しており、民訴法典成立後も釈明権行使への期待は高かったのではないか。学説の検討を中心としてきた先行研究に対し、本研究は実務法曹たちのパフォーマンスと問題認識に重点をおいた検討を心がけたい。なお「仏民訴法典(1806)が『当事者主義+口頭主義』を採用し、ドイツに影響を与えた」という伝統的認識が近年相対化されていることに鑑み、必要な限りで同時代のフランスの状況との異同にも目を配ってみたい。 3 国内旅費により国内他大学に随時出張し意見交換・情報収集に努める。上記検討結果を学会報告・論文にまとめ公表する。
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Causes of Carryover |
本研究の一つの柱である近世・近代ドイツ民事訴訟の検討は、近代日本の民事訴訟実務の検討を優先して行い、論点を抽出・絞り込んだ上で行ったほうが効率的であるとの考えにもとづき、延期されてきた。ところが実務関連の史料(法曹メディア)は膨大であり先行研究も乏しく、その収集に26年度のほぼ全てを要し、今年度はその分析に終始したため、ドイツ現地での史料収集・意見交換を行うには至らなかった。今年度中に日本についての分析に一定のめどがついたため、来年度に584,600円を繰り越し、ドイツ出張をおこなって史料の収集・分析を行いたい。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
当初今年度に予定していたドイツでの史料・文献調査ならびに分析を次年度に延期し、外国旅費等に使用する予定であった予算から584,600円を残すことになった。 この予算は研究期間延長による次年度の作業、すなわちドイツにて閲覧・収集すべき史料・文献を適宜絞り込むための準備作業、ドイツ出張(マックス・プランク欧州法史研究所・ミュンヘン大学法学部等)の旅費と史料・文献の複写費等、さらに日本についてのこれまでの研究成果の学会報告のための準備作業・出張旅費として使用する。
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Research Products
(2 results)