2014 Fiscal Year Research-status Report
明治・大正・昭和初期の日本における自己実現思想の教育学的展開と教化政策
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25381010
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Research Institution | Utsunomiya University |
Principal Investigator |
佐々木 英和 宇都宮大学, 地域連携教育研究センター, 准教授 (40292578)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 自己実現 / 自我実現 / トーマス・ヒル・グリーン / ミューアヘッド / 哲学館事件 / 理想主義 / 人格 / 教育勅語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度(平成26年度)の最大の成果は、本研究の方法論それ自体に根本レベルから大きな示唆を与えるような重要な発見がいくつもあったことである。これにより、自己実現思想の教育学的展開を的確に捉えるためには、教育学一般を漠然と見渡すのではなく、主に倫理学と教育学との関係に焦点を絞るべきだという研究的指針が新たに導き出された。 特に、倫理教育の根幹に関わる出来事として1902(明治35)年に起きた「哲学館事件」をめぐる一次史料を発見でき、通説を表層的に理解しているだけでは見えなかった様々な事実が判明したことが意義深い。この出来事をめぐる一連の動きの中で、1890年代に「個人と社会との調和」を中核概念として歴史的に登場した「自己実現」や「自我実現」が、恣意や思い込みによって如何様にも解釈されうる曖昧な言葉であることが再確認できた。 実際、文部省当局から「哲学館の倫理は国体にあわない不穏の学説である」という指摘を受けたことに対して、哲学館講師の中島徳造からは「学説的事実を情報提供すること」と「実際に道徳を実践すること」とは区別すべきであるという立場から弁明が展開されたのにもかかわらず、当時の文部省の隈本有尚視学官によって、ミューアヘッド(Muirhead)の『倫理学』が危険思想だと決めつけられてしまうことにより、そのキー概念の“自我実現説”について、“盗賊は盗賊たる自我を実現し、弑逆者は弑逆者たる自我を実現するを以て善なりと為す”とみなされる始末である(中島徳蔵「哲学館事件とその弁解」、丁酉倫理会編『倫理講演集』第11号、大日本図書株式会社、1903年2月15日発行所収、98頁)。 また、この例に典型的なように、国家による教化政策との兼ね合いで倫理分野で自己実現思想が話題にされてきたことが明らかになったことは、本研究において「国家」や「教化」に注目すべき歴史的意義を補強してくれている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
初年度(平成25年度)と今年度(平成26年度)との2年間をかけて得られた成果とは、本研究を進める上での研究条件が飛躍的に整備されたことである。平成25年度には、『哲学雑誌』(創刊当時は『哲学会雑誌』)を1887(明治20)年の創刊号から1955(昭和30)年まで全巻揃えて、手元に置いて直に見られる体制を整えることができた。平成26年度には、1897(明治30)年に結成された丁酉倫理会の定例会における諸々の講演記録を編集した雑誌『倫理講演集』について、創刊号発刊の1900(明治33)年から後続誌廃刊の1949(昭和24)年までの547冊すべてを揃えられた。これらの史料を完備するという長年の目標がほぼ達成できた(目次等が欠落した冊子が若干ある)ことの意義は極めて大きく、研究内容を明らかにする前提が整ったという点では当初計画よりも進展した。 だが、新たに史料を入手したことにより、当初計画においては想定していなかった課題を新たに意識せざるをえなくなり、研究の方向性に微修正を加えながら進めざるをえなくなった。一方で、総論として、「研究の目的」のうち「自己実現思想の教育学的展開」の中でも、日本において教育学が体系化される前の段階に重点を置くべきことがわかり、倫理学的成果が教育論として適用される各場面に焦点を当てざるをえなくなった。他方で、各論として「研究目的を達成するための個別目標」に変更を加えざるをえなくなった。哲学・倫理学分野で自己実現思想がどのように理解されているかの全貌が相当に判明して、それが教育学分野に応用されるまでの前提が浮かび上がったが、今年度の目標として、日本独自の自己実現思想が教育分野で展開した状況を系統立てて整理するまでには及んでいない。 よって、本研究の目的に照らし合わせて進捗状況が遅れ気味だという評価になるとはいえ、研究それ自体は一段高い水準に達したと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの2年間をつうじて、「自己実現思想の教育学的展開」と「国家による教化政策」との双方を明らかにするためには、明治・大正・昭和初期の倫理学や倫理教育を考察することが必要かつ有効だということが判明した。この際、「自我実現(自己実現)」が「個人と社会との調和」として登場した思想であるのにもかかわらず、この言葉が受け手の思い込み次第で如何様にも解釈されてしまうために、歴史的現実が理念どおりに展開することがまれだった点に注目することが重要である。 第一に、自己実現が「個人至上主義」の思想とみなされてしまう場面の確認と解明である。たとえば哲学館事件に象徴的なように、「盗賊としての自己実現」や「殺人者としての自己実現」といった言いがかりをされてしまうのには、「自己」概念が曖昧なまま自己実現思想が抽象的な理想論の域を出ていないことが関係しているという仮説を示し、そのメカニズムを明らかにする。 第二に、「個人と社会との調和」概念が「臣民による国家への忠誠」概念へと飛躍してしまうという歴史的事実の確認と解明である。たとえばファシズム期には、代表的な国家主義者である井上哲次郎が“『教育勅語』の中に列挙されたる徳目は自我実現の方法を示されたと云って差支ない”(井上哲次郎『日本精神の本質』、大倉廣文堂、1934年、354~355頁)と述べていることなどの意味を考察する。 第三に、明治末期から大正期にかけて「自我実現」や「自己実現」が「人格の完成」という言葉に置換されようとする動きがあったことへの着目と解明である。これにより、第二次世界大戦後の日本の教育の目的である「人格の完成」の前史的な面を明らかにして、戦前と戦後の教育学的連続性を発見したい。 以上のように、平成27年度が最終年度であることを意識しながら、明治・大正・昭和期の自己実現思想の歴史的展開として重要な部分が明らかになるよう努める。
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Causes of Carryover |
次年度(平成27年度)へと繰り越す経費が生じたのには、研究補助者に用いる費用を節約したことが大きく関係している。その積極的理由は、本年度(平成26年度)も前年度(平成25年度)と同様に、研究の大前提となる史料を効率的に収集できたことにより、『哲学雑誌』と『丁酉倫理講演集』の全部を手元に置いて閲覧する体制が整ったおかげで、研究代表者自らが資料整理できたために、研究補助者の助力を最小限にとどめられたことがある。消極的理由としては、所属する大学では大学院生の在籍数が減っており、かつ教員採用試験などの受験のために忙しくて、研究補助者となる人材が確保しにくいという事情がある。このような現実を鑑み、研究補助者に頼らなくても作業が進められるようにして、結果的に人件費が節約できた。 ただし、実質的に人件費に相当する経費の一部については、研究代表者が海外で研究発表するために執筆した英語論文の校閲に用いた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度が本研究の最終年度に当たることを強く意識し、ある程度までまとまった形として発表し、それに対する応答を生かした研究を進めていきたい。特に、本研究のような「自己実現思想への歴史的アプローチ」は、国内外において先行研究に相当するものが皆無に近い状況であるため、日本国内で収集した史料を用いた研究成果を整理して海外に発信して、その反応をもらうというやり方が効果的かつ効率的だと考えて、繰り越した経費を有効活用する。 第一に、「自己実現としての殺人」という極論までをも視野に入れて「自己実現至上主義」を解明するのに適した大事件の起きた地域に行って情報収集する際の旅費の足しに用いる。第二に、海外で開催される国際学会で研究代表者が発表するに当たり、英語論文を事前に校閲してもらうための費用の足しにする。第三に、研究補助者を雇用し、膨大な史料を整理する際にチームを組んで活動するための経費の足しに用いる。
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Research Products
(2 results)