2016 Fiscal Year Research-status Report
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25400423
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Research Institution | High Energy Accelerator Research Organization |
Principal Investigator |
筒井 泉 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 素粒子原子核研究所, 准教授 (10262106)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 精密測定 / 量子測定 / 弱値 / 弱測定 / 擬確率 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度では、弱値・弱測定の基礎と応用の両面にわたって以下の2項目の研究を実施した。
1)従来の弱値増幅精密測定の有効性の検証:弱値を増幅させて微小な物理量を精密測定することは、将来の重力波測定などへの応用の可能性等の観点から、極めて重要な研究課題となっている。従来の弱値増幅による精密測定の成功例として最も良く知られた2つの実例である、Dixonらによる光ビームの超微小角度の測定実験(2009年)と、Hostenらによる光の量子ホール効果の検証実験(2008年)の有効性を、誤差と増幅のトレードオフ関係に基づいて評価した。その結果、これらの測定で用いられた弱値の増幅の値が、系統誤差、統計誤差、及び近似誤差を総合した測定の有効性の範囲の中に入っていることを確認した。この結果は、これら2つの測定実験が慥かに弱測定を精密測定に応用する上で、有意義のものであったことを理論的に実証したことになる。
2)弱値・弱測定の理論的基礎の構築:弱値・弱測定の概念の背景には、量子力学における複数の物理量が一般には同時に測定可能でないこと、すなわち互いに演算子として交換可能でないという基本的性質がある。一般的な確率論の観点からは、これは2つの物理量の同時確率分布が標準的な確率の意味では定義できないことを意味し、従って量子力学における同時確率分布は標準的な確率を越えた「擬確率」として定義する必要が生じる。この「擬確率」としての量子的な同時確率分布とはどのようなものか、その数学的性質を知ることは具体的な応用を考察する上で、極めて重要になる。本研究では、この「擬確率」としての量子的な同時確率分布の一般論を構築し、弱測定における事後選択の意味や、「擬確率」の下での期待値としての弱値の意味づけなど、「擬確率」としての同時確率分布から、弱値・弱測定を系統的に理解する基盤を与えることに成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記の2項目の研究はおおむね順調に進捗した。
まず1)の従来の弱値増幅精密測定の有効性の検証は、これら2つの実験が弱値増幅の象徴的実験であったことから、その有効性の検証が今後の弱値増幅実験を実施する上で必須のものと考えられてきたが、これらの論文で与えられたデータ等が理論的解析にほぼ十分なものであったことと、本研究で採用した誤差モデルに基づく数値計算が順調に推移したことから、目的とした有効性の検証を予定通りに完了することができた。
また2)の弱値・弱測定の理論的基礎の構築についても、昨年度までの研究結果として、擬確率の概念が従来より知られたWigner関数やKirkwoord-Dirac関数等の量子状態の記述の数学的一般化を与えるものであることが判明していたため、それを量子的な同時確率分布の数学的枠組の中で整理することで、所期の結果を得ることができた。但し、「擬確率」としての量子的な同時確率分布の形については、本研究は1つの可能な一般論を示したものであり、その全体像の解明については今後の研究に期待すべきものと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
弱値及び弱測定の量子力学における基礎を確実なものにし、量子状態の測定や物理量の精密測定における応用を現実のものにするためには、上記の1)の弱値増幅精密測定の有効性の検証範囲を拡げて、従来の光子だけでなく、原子や中性子、陽子などの核子、さらには電子やKまたはB中間子といった素粒子まで対象を拡張することが望ましい。このうち、中性子については既に弱測定実験が行われていることから、その有効性の分析が急がれるが、その他の対象の場合は、それらを用いた原子や原子核内部の状態推定や素粒子反応における新粒子の探索など、今後の実験計画の妥当性に関する理論的検証を行うことに相当し、後者は特に新たな物理現象の発見につながるものとして期待される。この課題に関しては、現在、高エネルギー加速器研究機構その他の原子核・素粒子実験の関係者と協議を開始しており、近いうちに研究プロジェクトとして発足させる予定にしている。
さらに、2)の弱値・弱測定の理論的基礎の構築の課題についても、量子・古典対応の問題や、量子異常との関連、量子情報・量子推定論への新たな視点など、広く量子論固有の性質との関連から見直すことが重要であると考えており、この点においても、現在、国立情報研究所の研究者等と共同研究の協議を行っているところである。
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Causes of Carryover |
2016年度までに得られた研究結果、特に弱値の確率論的基礎と量子力学の時間対称形式における測定規則(ABL規則)と擬確率との関係について、2017年に開催予定の当該分野の研究会で発表するための出張旅費として取り置くため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2017年7月開催予定の京都大学基礎物理学研究所における国際研究会への出張、及び北海道大の共同研究者との研究打ち合わせ等に使用する予定。
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