2013 Fiscal Year Research-status Report
戦時下文学史の再編成に向けて-階層性とジェンダーの観点から―
Project/Area Number |
25580055
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Research Category |
Grant-in-Aid for Challenging Exploratory Research
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Research Institution | Gifu University |
Principal Investigator |
根岸 泰子 岐阜大学, 教育学部, 教授 (20180698)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | アジア・太平洋戦争 / 文学 / 通俗小説 |
Research Abstract |
年度当初の「研究実施計画」に基づき、本研究初年度の平成25年度は①時代背景の調査、②文学テクスト分析、③成果発表、の各項目ごとに下記の成果を上げた。 まず中産階級(知識人階級)の階層的特性を、都市文化論・都市モダニズム・都市計画史などの新知見を取り込んでの特定の都市の検証によって確認する作業を、本年度の主たる作業と位置づけた当初計画に従い、①では1920~30年代における名古屋をモデルとした都市論的な解析を行った。具体的には、名古屋の都市形成過程、新興工業都市・軍都としての都市特性や都市行政に見られる特異性、モダニズム期名古屋の文化人層の調査とその特性把握を通して、都市生活者の実態とその感性、時代との相関性を総合的に把握している(③図書)。 ②については、堤千代文学のバックグラウンド調査として、主たる掲載誌の文芸欄の編集方針のより詳細な実証分析を最優先課題とした。具体的には『日の出』掲載の通俗小説を、検閲方針に対する表面的順応と抵抗戦略として説明した和田芳恵の回想に沿って、時代小説/現代小説、純文学・転向作家/大衆小説作家という項目ごとに代表的なテクストを抽出してその読み直しと解析作業を行い、従来国策追随一辺倒とみなされがちだった大衆誌メディアにおけるリベラリズム的傾向とそれを歓迎した勤労女性読者の存在を捕捉することができた。とくに堤と並ぶ人気通俗作家の竹田敏彦の戦争未亡人問題を扱った時事的なテクストを対象に、歴史学の知見を援用して当時の「軍人救援」政策の孕む女性の人権への保護/抑圧の両義性を指摘、それを巧みにストーリー展開に織り込んだ竹田テクストの文学的戦略性を読解した(①雑誌論文)点は、通俗小説ジャンルの社会性と文学史的な位置づけへの新たなデータ蓄積と位置付けられると考える。 「③成果発表」については、上述の論文1件、図書1件(論考部分)を発表している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
予定した項目のうち、①「時代背景の調査」については、「研究実績の概要」に記したとおり名古屋市を対象に1920~30年代という都市モダニズム文化の開花期に焦点を当てて、都市部の中流階層の形成とその生活実態や感性のありよう、彼らの文化的営為(文学・美術)を実体的に捉える作業を行うことができた(③図書)。これはモダニズム期から戦時体制への推移における国民心性の解析という本研究全体のテーマの時代的背景を、とくにその中心部分である中産階級に焦点化しながら実証的に明らかにする上で有益であったと考える。 ②「文学テクスト解析」については、『日の出』文芸欄の時代への対抗戦略に関するデータを収集し分析作業をほぼ終え、その一部については、①雑誌論文に成果発表を行った。また男性文学・思想・評論およびアッパーミドル階層の既婚女性作家については、それぞれ小林秀雄、中里恒子を中心に資料収集を継続中である。とくに中里恒子については、中産階級的リベラリズムおよびその文学のモダニズム手法におけるジェンダー戦略に着目し、戦時下文学史の再編成を試みる本研究の中核的な作家と位置づけて、同時代のヨーロッパ文学の翻訳文献も含めての調査を進めている。いずれも全体像の詳細は次年度以降の発表を予定している。
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Strategy for Future Research Activity |
おおむね当初の研究計画に沿って進めていく予定である。戦時下のリベラリズム解析(時代背景の調査)については、都市論的なアプローチは平成25年度の成果を以て一段落とし、戦時期から敗戦期の知識人(小林秀雄他)の言説分析に重点を移すこととする。ここで新たに占領期の出版人や作家による戦中期の言論統制に関する回想テクストの調査を予定しており、それらのテクストの占領期特有の偏差を先行研究の援用によって補正しつつ、戦中期の知識人たちの同時代観をより正確に読解したい。エスペラント活動等の文化活動を拠点とした戦争批判活動・思想状況の調査については、平成25年度に他領域から新たな研究成果が公開されたため本研究での調査は中断し、上述したような独自性のある課題に絞り込む予定である。 文学テクスト分析および通俗小説ジャンルにおけるリベラリズム的傾向の抽出については、堤千代に加えて勤労女性層から絶大な人気を博した竹田敏彦テクストに関するさらなる調査を行い、吉屋信子テクストなどとの比較を通じて彼らのテクストの戦時下特有の独自性を析出し、現在忘れられた彼らのテクストから浮かび上がる時代と国民感性の交錯を実証的に解明して戦時文学史の組み替え作業に備えたい。なお女性知識人作家については、その重要度に鑑み中里恒子に関する調査研究を最優先とする予定である。
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Expenditure Plans for the Next FY Research Funding |
今年度に新たに追加した、より緊急度の高い作業のための文献(古書 戦前期欧米文学翻訳書ならびに軍事援護関連文献)を前倒しして購入する必要があり、今年度購入を予定していた文献(『復刻版 ホームライフ』第2回配本 全9巻 本体285,000円、分売不可)の購入を次年度にまわしたため。 平成25年度購入を予定していた文献(『復刻版 ホームライフ』第2回配本 全9巻 本体285,000円、分売不可)購入の一部に充当する予定。なおこれにより予算全体の執行に影響が生じることはない。
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