2014 Fiscal Year Research-status Report
手話の普及と変容に関する社会言語学的研究:言語接触による手話のピジン化をめぐって
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25580090
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Research Institution | Toyohashi University of Technology |
Principal Investigator |
加藤 三保子 豊橋技術科学大学, 工学部, 教授 (30194856)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
松本 忠博 岐阜大学, 工学部, 准教授 (00199879)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 日本手話 / 日本語対応手話 / ピジン手話 / 手話の普及 / 手話の変容 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、聴覚障害者(特にろう者)にとって最も重要なコミュニケーション手段である手話(本研究で対象とするのは日本手話)について、母語話者と非母語話者による表現の相違を言語学的に比較研究し、手話の普及と変容について考察することである。 今年度は、ろう者の手話表現を収録した市販のDVD『手話通訳を目指す人たちの読み取り学習用ビデオ』シリーズ(社会福祉法人 全国手話研修センター発行)を研究材料にして、ろう者の手話表現の分析作業をおこなった。その結果、ろう者は手話表現をしながら口型を多く使用することが確認できた。いわゆるマウスジェスチャー(mouth gesture)であるが、ろう者は、手話を表現しながら口の形をさまざまに変化させる。たとえば、不満を表現する時には、ほおを膨らませて口を尖らせる。また、驚いた表現の際には、口を大きく開けると同時に、時として「パ」や「ポ」等の音声を発する。これら口型を使用するのはろう者に共通して見られる特徴であり、手話言語の一部となっている。ろう者の手話表現にみられるこれらの口型は、健常者が音声言語を使用しながら織り交ぜるジェスチャーに該当すると思われる。ろう者のマウスジェスチャーは、健聴者に見られない大きな特徴であり、今後もさらにデータ分析を継続する必要がある。 また、ろう者の手話表現には助詞や助動詞などの機能語や付属語がほとんど含まれておらず、語順に関しても話のキーワードになる語が先行して表現されるという特徴が確認できた。音声日本語のように、「~ではなかった」などの否定文では、話を始める時点から顔の表情などをともなって否定文であることを示し、その理由づけを後から表現するケースが多い。音声日本語とは語順も異なることは分析の結果も明白であるが、一方で音声日本語に慣れているろう者の場合は、音声日本語対応手話に近い手話表現をすることも確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度は手話学習経験をもつ健聴者と、日常的に手話を使用しているろう者を対象に、手話習得に関するアンケート調査を実施し、ろう者の自然な手話表現である日本手話と、音声日本語の影響を受けた健聴者の手話に対する認識の差を分析した。 今年度は、ろう者の手話表現を収録した市販のDVDシリーズ(『手話通訳を目指す人たちの読み取り学習ビデオ』:社会福祉法人 全国手話研修センター発行)から16人のろう者の手話語りを分析し、日本手話の語彙、文法構造について考察した。また、健聴者の手話表現にはほとんど見られないマウジング(mouthing)が、一種のジェスチャーと同様のはたらきをすることを確認し、マウスジェスチャーが手話の世界におけるノンバーバル・コミュニケーションの役割をすることを考察して、今後の研究につなげる成果をあげることができた。 また、第10回国際日本語教育・日本研究シンポジウムにおいて、日本における手話の普及がろう者の言語権をめぐる新たな動きとなっている事情を口頭発表したほか、外国語教育メディア学会第54回全国研究大会においてはグローバル人材育成の観点から、手話を学習する健聴者の増加によって変わりつつある日本人の言語観および、手話そのものの変容について口頭発表した。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度と平成26年度に得た研究成果をさらに精査しつつ、ろう者による手話を収録したDVDをもとに、日本手話表現の分析をさらに進め、抱負なデータをもとにして3年間の成果のとりまとめをおこなう。特にマウスジェスチャーのもつ意味についても考察を深める。 手話は空間を多元的に使い、手を中心とする身振りを複合的かつ同時的に発信する。手話を音声日本語と同じように系列的・継続的に表現することは、手話のしくみを十分に利用したことにならない。このことについて、アメリカの心理学者ベルージ(Ursula Bellugi)はアメリカ手話と英語の両方を母語とする健聴者を被験者にして興味深い実験をおこない、手話を音声言語と同じ表現形式にしようとする試みは、手話の自然性を損なうことを示した。このことは、手話が音声言語にはない独特のしくみをもっていることを明確に示す。 手話と音声日本語の両方を母語とする被験者をさがすことは容易ではないが、ベルージがおこなった実験は日本ではまだ実施されていないので、日本手話と日本語というに二言語間でも同様のことが言えるのかを研究したい。
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Causes of Carryover |
予定していた研究打合せ会を、本務の都合で開催できなくなったため、この分の経費を繰り越した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成27年度の国内旅費に加えて使用する。
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Research Products
(9 results)